2019年
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新しい街を次代に託し ゆいネット盛南が解散 産直大宮市場は29日まで

2019-11-24

ゆいネット盛南の歩みを語る藤村さん(産直大宮市場で)

 盛岡市の街づくり集団ゆいネット盛南(泉舘正彦代表)が今年度で解散する。本宮地区を中心に2005年から14年間、活動してきた。盛南開発が一段落し、新しい街ができたことから活動に区切りを付ける。交流拠点の「産直大宮市場」(本宮6丁目)は29日で閉店する。田園地帯から近代的市街に変貌した郷土を、令和の時代に引き継ぐ。

 ゆいネット盛南は開発に伴い農村地帯が都市化していく中で、住民のつながりを守ろうと結成した。地区内の本宮小、大宮中のPTA関係者らが中心となった。県内に古くからある互助関係「ゆい」を守る意味も込めた。

 団体、事業所、個人などの会員57団体でスタート。各種フォーラムやフェスなどを開催して集客し、本宮出身のサッカーの小笠原満男選手の応援などを通じ、住民の連帯感を高めた。現在は加盟75団体に。

 この間も盛南開発は進み、道路や橋が整備され大型店が続々と進出した。事務局長の藤村幸雄さんは「昔の道路を知っている人が本宮に来ると迷う。初めて来た人の方がこういう街なのだと思って歩くので迷わない」と話し、古里の変貌にしみじみ。「最初、本宮は立派になったと皆さんに言われても不安だった。開発が途中でおかしくなり、空き家で残されたらどうなるのか。大型店はやがて撤退しないか」など、激変に戸惑った。

 そこで商業地区の核店舗のイオンや大手ハウジングの大和ハウスなどと協力して環境整備に取り組み、志波城古代公園の植樹や道路清掃などに住民の力を合わせた。

 藤村さんは「昔から本宮にいた人たちは多くがまだ近くに住んでいるが、高齢になって動けなくなったり、亡くなる人が増えている。県北や震災で沿岸から移ってきた人も多い。一日がかりで盛岡の病院に通うなら引っ越した方が良いと。転勤族で盛岡に縁もゆかりもないのに、何年か本宮に住んだら、ここは便利で良いと家を買って住み着く人もある」。

 街の発展と共に人心も新たになり、盛岡の都市機能も本宮に大きく移った。藤村さんは「各種団体が整い、ゆいネットがしてきたことも、それらができるようになったので解散を決めた。さまざまな事業に取り組んできたが、当初の目的を達成した、これまでの支援と協力に感謝している」と話している。



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