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愛馬顕彰記念碑整備を 八幡周辺の町内会長ら盛岡市へ要望 旧馬検場跡地へ

2019-12-06

愛馬顕彰記念碑や広場のイメージを谷藤裕明市長に手渡す千葉正さん(右)

 盛岡市の八幡かいわいの町内会長らは、松尾町にあった旧馬検場跡地の一画に、馬事文化を継承するための愛馬顕彰碑や広場の建設することを盛岡市に要望した。旧新馬町町内会を代表して千葉正さん、榊廣松尾町内会長、鈴木裕一南大通一丁目町内会長、大石仁雄八幡第一町内会長、上野章子八幡第二町内会長、田山英治八幡第三町内会長が5日、市役所を訪れ、谷藤裕明市長に要望書を手渡した。

 旧馬検場は2018年3月に解体。設置されていた新渡戸仙岳が揮毫(きごう)した「馬検場」と書かれた幅4・5㍍、高さ1・82㍍の大額は、盛岡畜産農協から19年2月に市に寄贈された。市では大額を補修し、旧馬検場跡地の一画へモニュメントとして22年度に設置する構想を持っており、今回の顕彰碑や仮称めんこい広場の建設の要望も反映させたい考え。場所としては現在親子の馬の像がある周辺を想定する。

 南部藩馬市は、当初は旧馬町(現肴町地内)にあったが、馬ふん公害の環境問題と地積の狭隘化から1912年5月に新馬町馬検場(現松尾町地内)に移転開設された。当時は、1909年に青山地区に騎兵第三旅団が新設され、馬産振興に総力を挙げた時代でもあった。南部駒の全国的評価は高く、特にも厳寒に強いことから中国大陸に数多く徴用されていったが、帰還した馬は1頭もいなかった。

 千葉さんは「約3万頭の軍馬が岩手から旅立ったが、1頭も帰ってこなかった。残念至極だが、これからの子どもたちのために、めんこい広場という広場を造り、後世にこれを伝えていければ。盛岡の後世の歴史に残すことが、地域住民の願い」と後世に馬事文化を継承するためにも、顕彰碑の建設を求めた。

 谷藤市長は「大額をどういう形で展示するか、歴史的なものや以前の写真などもあれば、雰囲気も出る。顕彰碑の建立の話もどういう形がいいか、市の方でもできれば大きな木材で枠組みをしてそれらが収まるように持っていきたい。地域の皆さんの思いが、その中にまとめられれば」と話した。



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