2020年
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忘れぬ最愛の人へ祈り 東日本大震災9年 区切り付けられぬ気持ち 大船渡と陸前高田 当時思い園児へ教訓

2020-03-12

先祖の墓に手を合わせる菅野さん(右)と家族=陸前高田市広田町の慈恩寺=

 最大震度7とその後に三陸を襲った大津波で多くの犠牲者を出した東日本大震災から9年が経過した。11日は朝から県内各地で犠牲者の魂に祈りをささげる県民の姿があった。新型コロナウイルス感染防止を理由に、式典などの中止や規模縮小こそあったが、沿岸地域では早朝墓前に手を合わせる遺族ら、発災時刻の午後2時46分には黙とうしたり、海の見える高台から地域を見詰めたりする住民たちがいた。それぞれが特別な思いを胸に、9年前の「あの日」に思いを巡らせた。

 ■私に区切りはない

 陸前高田市広田町の菅野エリカさん(47)は11日午前、家族で墓参した。夫の康文さん(当時38歳)は陸前高田市内で勤務中、被害に遭った。遺体はいまだ見つからず、先祖の墓に遺骨はない。「私と同じ4月生まれ。誕生日を迎えないでしまった。当時の映像が流れると、つい姿を探してしまう」と話す。

 正義感が強く、管理職でもあった康文さん。部下を先に避難させ、最後まで職場に残った。エリカさんは震災直後に避難所を回り、各安置所を閉所するまで通って探したが、手掛かりはない。

 9年が経過し、震災の風化が叫ばれる中でも今も多くの人からの支えを感じる。「生き残った人からは今も旦那の話をして気に掛けてくれる。子どもたちには人を助けた父を誇りに思えと話している」。

 同時に、困惑もある。「被災地から復興地へと、お祭りなども催されているが、その流れに付いていくのは大変。一緒に楽しめない時もあるが、報道やイベントで毎年取り上げてくれるのは、忘れないでいてくれているようで励みにもなる」。

 9年の歳月を振り返り、「1年1年が過ぎるのが早く、追われるようだった。それは今も同じで、子どもの成長だけが早く感じる。皆、何年で区切りというが、私に区切りはない。さようならも、お別れもしてないのだから」。
 寺院内の羅漢像も拝んだ。3年前に家族で建立した。尊顔は康文さんの笑顔を模した。

 境内にある祈念碑には料理好きの康文さんが好んだ、料理漫画を納めている。「よく家事を手伝ってくれた。何も持たせてあげられていないので。(像は)家族それぞれの思いを形として伝え、残せるように」とエリカさん。

 「旦那はいつも見守ってくれていると感じる。動く影がそう見えたり、夢の中に出てきたり。子どもも大人になっていって、生活も変わっていく。今は私一人しかいないので、できることをして支えてあげたい。それが私の務め」と真っすぐな目で話した。

 ■当時思い忘れない


 2011年3月の卒園式の写真を手に当時を語る佐々木園長=大船渡市末崎町の末崎保育園=

 大船渡市末崎町の末崎保育園(佐々木美穂園長、園児106人)は、海岸から約600㍍先の高台に位置する。佐々木園長は9年前、1、2歳児の担任だった。地震発生は午後のおやつの準備中だった。「職員が『津波が来た』と走ってきた。下の団地にすごい勢いで波が押し寄せ、ギシギシと大きな音がした」と振り返る。命からがら逃げた住民を園内に誘導。びしょ濡れの人もいたという。

 しばらくは父母とも連絡が付かず、園児と一つの部屋で過ごした。余震で泣き出す子もいた。「なかなか連絡がつかず『もしかして…』とも思ったが、4日目に最後の子どもの迎えがきて全員無事に帰ることができた」。

 当時は卒園時期で、発災から15日後の3月26日に式を挙行。「今の中学3年生が当時の年長。ライフラインもなかったが、どうしてもしてあげたくて」。混乱の続く状況でも衣服をそろえ、卒園証書を手渡した。職員でカメラも用意し、写真も残せた。当時の写真を眺め、目を細める。

 発災当日午前、年長の園児たちは遠足に出掛けていた。「碁石海岸に出掛けていて、3、4歳は下の公園でお昼を食べていた。もし午後だったら…」。今でも身がすくむ思いだ。

 震災後は防災意識も高まり、備蓄や訓練の内容も大きく変わった。「今の園児は当時を知らないが、震災が忘れ去られないよう、3月11日には避難訓練後、子どもたちに津波のことを話している」。

 今年は末崎小6年生が防災紙芝居を読み聞かせし、園児たちは真剣に聞いていた。

 佐々木園長の夫も陸前高田市で津波に遭い、命からがら生き延びた。今も津波の映像を見ることができない。「旦那は当時『自分が生き延びて良かったのか』と沈んでいた。助かった命を大切にと声を掛け、徐々に明るくなっている」。

 9年という月日を思い「住宅や働く場所が増え、少しずつ落ち着きを取り戻していると思う。園児も一時70人まで減ったが、今は震災前と同じくらいまで戻った」、「何かされても海が好きなので、この景色は嫌いにならない」。園の窓から海を見詰める。(川坂伊吹)



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