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大津波は人生に2度 田畑ヨシさん宮古の語り部 滝沢市の高橋恵美子さん 母の紙芝居「つなみ」受け継ぐ

2020-03-22

田畑ヨシさんの残した紙芝居を手に、次世代への伝承を誓う高橋恵美子さん

 40年近く手作りの紙芝居で津波の伝承活動に取り組んだ故・田畑ヨシさん=宮古市田老出身、2018年に93歳で逝去=の長女の高橋恵美子さん(70)=滝沢市鵜飼=は、母から受け継いだ紙芝居で読み聞かせを続けている。「最も怖いのは津波ではなく、津波を忘れること」。ヨシさんの言葉を胸に、思いを次世代へつなぐ。

 「いつかきっと津波がくるのだから大きな地震がゆったなら一人でも裏の赤沼山ににげるんだよ」―。紙芝居は、よっちゃんことヨシさんに、祖父が「津波てんでんこ」を説く場面で始まる。

 ヨシさんは1933(昭和8)年3月3日、三陸沿岸を襲った大津波に遭遇。祖父の教え通り高台に逃げて助かったが、母親は避難の際に負った傷が元で亡くなった。当時8歳。ことごとく家が流され、がれきや遺体で覆われた浜の光景は、悲しみとともに深く心に刻まれた。

 紙芝居を作ったのは54歳の時。内陸育ちの孫が宮古に引っ越してきたのをきっかけに絵筆を執った。その後、90歳を超えるまで、各地の学校などで読み聞かせし、津波の恐ろしさと避難の大切さを訴え続けた。

 昭和三陸大津波から、さかのぼること37年。1896(明治29)年に三陸を襲った大津波では、田老にいた約2千人のうち、生き残ったのはわずか36人だけだった。ヨシさんの祖父がその一人。生存者が少なく、地域で体験を語り合うことさえ難しい状況だったが、田畑家では記憶が引き継がれた。

 「まさか人生で2度も津波に遭うとは」。ヨシさんも、ヨシさんの祖父も、同じ事を話していたという。「これからも、人生2度目の津波に遭う人が必ずいるということ。命を守り、次の世代につなげるためにも『津波てんでんこ』を訴え続けなければ」と高橋さん。ヨシさんの読み聞かせに50回以上付き添い、目に耳に焼き付けた言葉の重みをかみしめる。

 東日本大震災から9年。沿岸には、地上から海を眺めることもできないような高い防潮堤が整備された。ハードだけ見れば、津波への備えができたようにも見える。しかし、どんなに強固な壁を築いても、それだけでは命が守れないことは明らかだ。

 「母からも発災10年から先が勝負だと言われている。自然に対し謙虚に、敬意を払わなければ。津波の現実を伝えるため、母の紙芝居を持って積極的に出掛けていきたい」と力を込める。



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