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技生かしできることを 盛岡市の巴染工 祭り中止で先見えず

2020-05-11

コロナが終息し、祭り再開の日を待つ、巴染工の山崎美紀さん、東條誠社長、内田まちさん(左から)

 盛岡市紺屋町の巴染工は、1908年創業の老舗染め物店。のぼりや手拭い、衣装などの発注が多い同社にとって、新型コロナウイルス感染症で、お祭りやイベントなどが軒並み中止となる厳しい状況が続く。それでも染め物店の特徴を生かしたマスク制作など、新たな取り組みも始めた。東條誠社長(50)は「会社が存続できるか、いつまで耐えていけるか、その先も見ていかなければならない。新しいビジネスはなかなか今は見えないが、お祭りなどが再開したときにすぐに対応できる準備はできている。終息し、再開する日を待ちたい」と話す。
(泉山圭)

 ■先行き見えない不安

 2007年に5代目の社長に就任した東條さん。実家に戻り27年くらいたつが、これまで一番事業への影響が大きかったのは東日本大震災津波。当時は4月くらいまでは仕事がキャンセルになったり、商品ができていても発送ができず、やむを得ず処分せざるを得ない製品もたくさんあった。それでも8月には、盛岡さんさ踊りが開催された。

 「当時は、関東や関西など、大震災から少しエリアが違う地域からは応援の意味で特需の仕事をいただいたり、東北に仕事を頼みたいというお客さんがいて、発注してくれた個人や企業があった。今回は世界的な規模で、一部だけがにぎやかになるという兆しも見えない」と先行きが見えない不安を語る。

 今年は、6月のチャグチャグ馬コ、8月の盛岡さんさ踊りの開催中止が既に決定。チャグチャグ馬コは3月くらいまで、盛岡さんさ踊りも製作期間を考えると4月いっぱいの受注が多い。通常、これから受注も製作も本格化する時期だった。「催事やお祭りごとに関した染め物、衣装や神社ののぼり、手拭いなどが今年に関してはほぼ皆無の状態になってしまった」

 コロナの関係でオリンピックが延期になった影響も重なった。オリンピック関係では、出場国の万国旗の製作がストップし、都道府県の合宿関係の歓迎のぼりなども製造中止に。同社は、昨年11月にはニューヨークで展示会に出展。今年は北欧などヨーロッパでも展示会の出展計画が去年の時点であった。世界への情報発信が進んでいく年になると思っていたが、そちらもめどが立たない状況となった。

 ■今できることを模索

 厳しい状況下で、会社としてできることを探した。幸い、染め物をする関係で生地の在庫は豊富にあった。職人がいるため、縫製する力も持っていた。マスクの品不足が続く中、自社のそうした特徴を生かし、マスクの製造を始めた。

 東條さんは「若い職人の中からやろうという話があった。形になるまで2週間くらいかかったが、23歳の男性の職人が『自分で作ってみました』と縫ったのを、見せてもらい、これを形にしたいと話したのが2月の後半。何回か作り直したりして3月中旬から生産を開始した」と振り返る。

 職人も今までマスクを縫ったことはなかったが、マスクの製造がみんなの命を守ることにつながり、安心感を持ってもらうきっかけになればと思い取り組んだ。全国の同業者が会社ごとに販売を始めていた時期でもあり、業界ができる一つの発信の仕方とも考えた。

 マスクの購入は新規のお客さんがほとんど。「きっかけはマスクかもしれないが、店に入り、こういう商品もやっているんだと新しい発見にもつながっている。いつかオリジナルで商品をオーダーしたいとリピーターになってもらえるよう、PRできる時期でもある」と捉える。

 ■若い社員の思い

 平均年齢が30代と若い社員が多い同社。自社のオリジナル製品を若い職人たちと一緒に企画し、自分が作りたいものを製品にすることでやりがいを持って仕事をできる環境にしていきたいと考える。

 入社2年目の内田まちさん(22)は「こういう状況になって本当に個人個人で生活の中で必要なものや必要でないものがはっきりしてきている部分がある。染め物屋はこれからも岩手、盛岡に残ってほしいし、コロナの状況が落ち着いてからも染め物が街の中にあった方がいいと皆さんに思ってもらえるようにしたい。今は普通にお店の前に染め物やのれんがある。お祭りなども日常的に存在する状態であってほしいし、必要なものとして残ってほしい。私もそれまでしっかりと頑張っていきたい」と前を向く。

 今年4月に入社した山崎美紀さん(24)は「個人的には盛岡のお祭りが好きで、小さいときからなじみがあり、そこに携われるのを楽しみにしていた。今年はコロナでお祭りができないのが残念。いつになるか分からないが、元通りになったときに変わらずに染め物を作れるように今は基礎技術を磨いていきたい」と話した。

 東條さんは「盛岡や岩手の文化の催事が絶えないように、再開できる時を願っている。そういったところにわれわれの仕事も精通しているのだと今回、つくづく思った。1年後か2年後か、分からないが、またにぎやかなまちになって欲しい。そこに私たちの仕事も生まれていく」と早期終息を願い、今を乗り越える。



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