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「功績思い出すきっかけに」 日詰駅開業130年 紫波町文化財調査委員の長澤さん 1月から聞き取り調査 あす講演会で結果報告

2020-07-17

日詰駅の特徴である三角屋根を示す長澤さん

 紫波町北日詰の日詰駅が、今年で開業130年を迎える。地域の玄関口の節目を記念し、町文化財調査委員の長澤聖浩さん(42)が駅の歴史を調査。「日詰駅が、紫波郡の玄関口として果たした役割は大きい。紫波中央駅の開業以来、影が薄くなりがちだが、日詰駅がこれまでに残した功績を思い出す一つのきっかけになれば」と思いをはせる。

 日詰駅は、1890年11月1日の一ノ関―盛岡間開業と同時に設置された駅の一つ。

 当時は盛岡駅と花巻駅の間にある唯一の駅で、赤石村(当時)だけでなく、広く紫波地域の玄関口として利用されていた。

 1986年1月に現在の駅舎(3代目)に新築され、2002年から12年には区画整理事業で駅前ロータリーなどが整備された。

 長澤さんは今年1月から、地域住民や駅の元職員、国鉄OBらへの聞き取り調査を実施。当時の新聞記事なども振り返り、駅の歴史をひもといた。今後は調査結果をまとめた書籍の制作も視野に入れる。

 日詰駅の特徴は、入り口の三角屋根。「この三角屋根は、開業時はなかった」と説く長澤さん。三角屋根は、1928年の陸軍特別大演習で来駅する昭和天皇を迎えるために設置されたもので、以来駅のシンボルとしてデザインが受け継がれてきた。

 郷土の生んだ偉人との縁も深い。宮沢賢治は、祖母の実家が日詰町にあったことから、幼少期にたびたび日詰駅を利用。日詰に住む女性への恋心を抱いたこともある。1917年に詠んだ歌「さくらばな 日詰の驛(駅)の さくらばな かぜに高鳴り こゝろみだれぬ」の碑は、現在の駅前に設置されている。

 野村胡堂や石川啄木も、日詰駅をよく利用した。

 このほか、農業と漁業の神をまつる志和稲荷神社への参拝者が多く駅を利用したこと、鉄道の開通により五郎沼などのため池を活用した製氷業が明治から大正にかけ栄えたことなども判明した。

 18日に赤石公民館で開催する講演会で調査結果を報告する。時間は午前10時半から正午まで。

 参加無料。定員は50人。問い合わせ、申し込みは赤石公民館(電話676―3999)へ。



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