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伐採される巨木に感謝の思い 旧盛岡短大のメタセコイア 記録に残して次世代に 同窓会理事 会報で歴史を紹介予定

2020-10-31

「学生生活を見守ってくれた」と、旧盛岡短大のメタセコイアに思いを寄せる同窓生たち

 盛岡市住吉町にある旧盛岡短期大学は、図書館を除く建物が解体される。これに伴い、敷地内にあるメタセコイア(和名・アケボノスギ)も伐採される見通しだ。建物解体に向けての作業は11月上旬に始まる予定で、同大学部同窓会成美会(砂沢得子会長)の理事らは、高さ20㍍を超える巨木に、「学生生活を見守ってくれた」と感謝の思いを寄せている。

 メタセコイアは、盛岡高等農林学校林学科(現岩手大農学部)卒の植物学者・三木茂(1901―74)が命名したことで知られ、かつては「絶滅した種」とされるなど植栽までの歴史がある。

 三木は、化石植物群からメタセコイアを見つけ、新属の化石として発表。その後、メタセコイアが中国に生存していることが判明し、49年から国内の関係機関に種と苗木が配布され、挿し木などで増殖されたとされる。

 盛岡市内では、三木の母校の岩手大にも大木があるが、植栽した年は不明。旧盛岡短大の敷地には以前、盛岡商業高の校舎があり、詳細は不明だが、同高時代に植栽されたと推測される。

 旧校舎に学んだ家政科20回生の砂沢会長(69)=滝沢市大崎=は「四季を通して花が咲き、街中のオアシスのような校舎で、メタセコイアはシンボルだった。伐採されても、記録に残して次の世代に伝えたい」と話す。

 95年には、後輩たちがメタセコイアの葉で染料を作り、ポケットチーフなどを染め上げるなど、98年の県立大開学に伴う滝沢移転まで学生や教職員に長く親しまれた。

 砂沢会長ら理事は、21年3月発行予定の同窓会報で旧盛岡短大解体を取り上げ、この木の歴史についても紹介する予定だ。

 同窓会報編集担当など同窓生7人は、メタセコイアを写真に収めたり、家政科1回生の平山貞さん(88)=盛岡市前九年=や、美術工芸科3回生で植物に詳しい八重樫光行さん(86)=同市中野=から、この木の歴史について聞いた。

 平山さんは、「講義室のどの窓からも見えて、四季の移ろいを感じさせてくれた」と懐かしむ。八重樫さんはメタセコイアの木を絵に描いて残そうと制作中で、「三木博士のつながりで、日本に入ってきた最初のころに届けられたのではないか。岩手と関わりが深い木であること、短大の歴史と合わせて多くの市民に知ってもらいたい」と話している。



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