2021年
4月23日(金)

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復興と鎮魂の願い強く 震災10年 肉親失い消えぬ後悔 墓前で冥福祈る目に涙 大槌町

2021-03-12

 墓前に花をささげる浅沼さん。背後には復興の進む街並みと穏やかな海が見える=11日午前8時57分、大槌町

 「もう10年」なのか、「まだ10年」なのか。「やっと10年」なのか、「たった10年」なのか。多くの人の命を奪い、生活を激変させた東日本大震災から、10年が経過した。11日は朝から、県内各地で犠牲者の魂に祈りをささげるとともに、復興への決意を新たにする県民の姿があった。

 ハード面の整備は進む一方、いまだに癒えない傷を背負った被災者も多く、真の意味での復興の実現に向けたハードルは多い。新型コロナウイルス感染症により人々のつながりが希薄となりつつある中、県民それぞれが、それぞれの立ち位置から、被災地や被災者に思いをはせた。

 東日本大震災の発生から、11日で10年。甚大な被害を受けた本県の沿岸地域では、亡くなった人々へ鎮魂の祈りと、復興への願いをささげる人の姿があった。

 この日の大槌町は快晴。多くの人の命を奪い、生活を一変させたとは思えない、穏やかな海が見える高台の墓地には早朝から、花や供え物などを手にした人が訪問。墓前に手を合わせて、冥福を祈った。

 同町の町方地区に住む浅沼誠さん(61)は、震災でなくなった父の辰男さん(当時83)、母のウメ子さん(当時79)が眠る墓を訪れ、祈りをささげた。

 花や飲み物に加え、愛煙家だった辰男さんのため、火をつけた1本のたばこを墓前に備えた。

 「あのとき、私は仕事で釜石にいた。両親は、営んでいた駄菓子屋と工房にいたと思う。もし私が家にいたら、一人くらいは助けられたのでは」と悔やむ。

 無口だったという辰男さんと、おおらかでめったに怒らなかったウメ子さんの面影を思い返す。

 「頑張って3年ほど前に自宅を再建した。これから、自分がもっと頑張っていかなければ」と、決意を固めていた。

 大槌駅前に住む里館昭子さん(57)は、めいの山﨑千晶さん(当時18)の眠る墓に祈りをささげた。

 震災当時、千晶さんとともに町内の自宅にいた母親の山﨑静子さんが(当時77)の行方が分かっていないという。「早く、戻ってきてほしいなぁ」と、墓石に向かいつぶやく。

 「震災直後、一度電話が通じて、2人と話をした。なんであのとき、逃げろとちゃんと言わなかったのか」と目を潤ませる。
 
「あの日から、何も変わっていない。時間が何かを解決してくれるわけではない。この日(3月11日)は嫌いな日のまま」と、昭子さんは言葉を紡いだ。

 墓地は、町を一望する城山公園に面している。公園周辺には、カメラを持ち、町の風景を撮影する人の姿もあった。

 そのうちの一人、同町柾内に住む関光雄さん(75)は、震災後の町の様子を公園から定点観測し続けた。

 「家族は無事だったが、上町にあった自宅は津波と火災でやられた。本当は同じところに再建したかったが、子どもや孫から安全なところに、と説得されて、いまのところに住んでいる」と語る。

 「あれから10年がたっても、町には空き地が多く、虫食いのまま、特にこの2~3年は風景が変わっていない」と、眼下の街並みを見詰める。

 「震災で、2千人近くが町からいなくなった。家が建ったから復興ではない。何とか元のにぎわいが取り戻せれば」と願い、ファインダーをのぞいた。
   (佐々木貴大)



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