2021年
9月20日(月)

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学部の垣根越えた関係築く 小川彰岩手医大理事長に聞く 患者中心チーム医療へ 内丸は盛岡市勢発展のため 

2021-07-26

岩手医大の展望を語る小川理事長

 岩手医大の小川彰理事長が「世界一の地域医療を目指して 岩手医科大学物語」を出版した。専門分野の垣根を越える「チーム医療」の先駆者として、北東北の医療の拠点、岩手医大の新たな構想と挑戦を著した。創立120年を越えて発展する建学精神、内丸の利活用策、新型コロナなど時代への使命について聞いた。(鎌田大介)

 ―矢巾キャンパスの医・歯・薬・看護学部の連携とチーム医療への展望は

 小川 医学部生が講義を受けている隣の教室で、看護学部や薬学部生が講義を受けている。休み時間にはキャンパスで、学部間の垣根なく交流している。部活も医・歯・薬・看護混じり合い、心地良い季節になると、各階のオープンスペースでみな勉強している。

 それも学部ごとばらばらにやっているわけでなく、医・歯・薬・看護一緒になって、ディスカッションしている。

 医系4学部を卒業して、国家試験を受ければ、多くは病院で働く。その前に学生のころから顔が見える関係であることは意味がある。医・歯・薬・看護それぞれ学部が違えば、考えが違う。その違いを乗り越えてディスカッションし、患者中心のチーム医療をするため、学生時代から顔の見える関係でいてほしい。

 本学が創立された明治30年代、創立者の三田俊次郎が医師のみを養成しても医療は良くならない、産婆も看護師も必要と言って、産婆学校や看護婦養成所を作った。明治30年代にチーム医療という言葉はないが、そういう強い願いから学校を作ったと思う。

 明治時代に歯学部はないので、医学校の中で歯科医になる人も、薬剤師になる人も勉強していた。医・歯・薬・看護、四つの異なった職種が力を合わせてやらねば医療は良くならないと考えた、本学の創始者には先見性がある。

 ―盛岡市が国や県、岩手医大も含む内丸再開発に動き出した。跡地利用を含む対応は

 小川 盛岡市は県庁も銀行も昭和40年代の古い建物で、耐用年数が来ている。岩手医大も少しずつ増築を繰り返し、あそこまで大きくなった経緯があり、非常に狭いので、出て来ざるをえなかった。

 しかし、患者の利便性を損なうから、内丸メディカルセンターは残し、新しい建物にする予定だった。

 ところが、設計して構想がスタートしたときに比べ、アベノミクス、消費増税、復興特別会計の駆け込み需要、円安、東京五輪が重なり、建築費は1・5倍に激増した。本来は本院は借り入れなしでできていた。


「世界一の地域医療を目指して」(潮出版社)


 毎年何十億と積み立て、やっと本院を造った。借り入れせずできたらすぐ、内丸に着手して、内丸メディカルセンターを新しい病院として借り入れで造ろうと考えていた。しかし、この病院を造るため借りざるをえなくなり、内丸の新病院構想が遅れた。

 そこに市役所も老朽化し、全体を総合的に考えようという構想が出てきた。内丸の発展は、盛岡の市勢発展のため考えていかねばならない。

 あそこにいまある岩手医大の敷地を全部使って新病院を作るわけではないので、半分以上、3分の2程度は余る。それをどういう目的に使うか、新病院を建築しているときから毎年、県と市と商工会議所とフリーディスカッションしてきた経緯がある。

 歯科治療のために矢巾までくる人はあまりいないので、歯科医療センターを矢巾に持ってくる意味はなかった。しかし、昭和30年代の建物だし、市民のためには歯科医療センターも新しくしなければ。内丸メディカルセンターも造らねばならない。それと跡地利用をドッキングさせて考えようとした。

 中心市街地に穴が開けば、盛岡市の発展にもマイナスになる。どう活用するか、市民の皆さんとよく考えていただき、あそこに何を配置したらいいのか、盛岡市や県ともよく相談して決めていきたい。

 いまは古い建物を継続利用して内丸メディカルセンターを稼働しているが、これはあくまでも盛岡市民、そして駅を経由してくる県民の利便性を考慮してのこと。県民の皆さまの期待に応えるべく、内丸もできる限り早期に整理集約し、機能的な病院・きれいな新病院としてリニューアルしたいと考えている。内丸は高規格の外来病院、それに対して矢巾は全県と北東北3県の中核として高規格の高度医療を提供する。難しい手術をこちらでやる治療病院という考え方だ。

 内丸は循環器センターだった建物を有効利用する。歯科医療センターを移し、土地を空けないと新病院が建設できないので、歯科医療センターは循環器センターに移して歯学部の一部機能を中に入れ、歯学部の古い建物を壊し、後ろの駐車場のスペースも利用して新しい内丸メディカルセンターにする。1号館は葛西萬司の建築なので将来的に元の形に戻し、記念館として残したい。

 ―新型コロナへの大学としての研究は

 小川 コロナに関して特に特化して研究していることはない。将来的に文科省と相談しているのは、今回のコロナに関しても発熱外来を循環器医療センターの一部に作ったわけで、国も5疾病5事業から5疾病6事業に、流行感染症が起きたときどうするかとなった。

 かつてSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行したとき、日本ではあまり大きな感染が起きることなく収束し、感染症対策をする施設の必要性までは考えていなかった。MERS(中東呼吸器症候群)のときはあまり日本に入ってこず、さほど感染拡大がなかったので、国としての対策が遅れた。

 そういった過去の経験から、現在ではコロナ関係の補助金も付いているので、将来感染症が起きたときの施設を造っておこうということで対策をしている。



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