2021年
11月27日(土)

全文を読む

渋民の暮らしの中から啄木生まれた 故佐々木祐子さんの論集発行 国際啄木学会盛岡支部 研究の成果周知へ

2021-09-12

論集・佐々木祐子「渋民のくらしと啄木」

 国際啄木学会盛岡支部(山田武秋支部長)は、古文書解読で啄木研究に寄与し、2020年1月に亡くなった故・佐々木祐子(さちこ)さん(盛岡市出身)の論集「渋民のくらしと啄木」を発行した。石川啄木が人生の大半を過ごした古里・渋民の資料を実証として、渋民の人々と暮らしを浮き彫りにし、啄木と作品について論じた文章を一冊にまとめた。

 収録されているのは、岩手古文書学会の機関誌「岩手の古文書」第2号(1988年)から第19号(2005年)に掲載された論文「渋民のくらしと啄木」9編と、国際啄木学会の研究年報、同盛岡支部の支部会報に掲載された「甦った宝徳寺襖絵」「遊座徳英のなぞ」など論考4編。

 故・佐々木さんは、啄木が育った宝徳寺の本堂のふすまの下貼り調査についても詳細に記録し、ふすま絵を描いた渋民の日本画家・沼田北村らを取り上げて、「一人の天才歌人啄木は、突然生まれた訳ではない。渋民のくらしの中に沼田北村に代表される文化人がいて、それを新築中の寺に受け入れる眼を持つ人々が暮らしていたのだ」とも述べている。

 各論文は専門誌に発表されていたことから、啄木研究に関わる人に広く知ってもらい、活用してもらおうと冊子として刊行された。

 編集を担当した同学会盛岡支部副支部長の森義真さんは「啄木の父・一禎が有資格者として県の辞令を受けて常光寺(啄木生誕の寺)住職に着任したこと、啄木が盛岡中学時代に編さんした回覧雑誌『三日月』(旧斉藤佐蔵宅の床の間の壁紙の下貼りから一部見つかる)など、資料によって論じられていることは大きい」と、佐々木さんの研究の成果に触れた。

 本論文集はB5判、155㌻。問い合わせは森さん(ファクス019―641―2462、メールmoriyo@rnac.ne.jp)へ。



前の画面に戻る

過去のトピックス