2021年
11月27日(土)

全文を読む

参勤交代の実態はいかに 南部家の記録など展示 武士の務め、藩主の暮らし… 31日までもりおか歴史文化館

2021-10-07

 参勤交代を制度化した「武家諸法度」(右奥)など、歴史を物語る資料が並ぶ

 もりおか歴史文化館(盛岡市内丸1の50)で、第33回企画展「江戸へ―盛岡藩の参勤交代―」が開かれている。参勤交代は江戸時代、大名たちが負っていた義務として有名だが、意外に知られていないことも多い。盛岡藩を治めた盛岡南部家にまつわるものなど資料87点をもとに、その実態に迫る。31日まで。

 1章「参勤交代前夜―武士たる者の務め」、2章「今年は江戸へ、来年は国元へ―参勤交代の制度化」、3章「盛岡藩の参勤交代―旅のルールと実態」、終章「藩主の江戸暮らし」の章立てで展開している。

 1章は、参勤交代の制度ができる江戸時代以前の武士の務めを紹介。1590年、南部家当主の南部信直は、天下人豊臣秀吉から朱印状(「南部信直宛豊臣秀吉朱印状」=県指定有形文化財)を受け取り、秀吉の配下となって近世大名としての一歩を踏み出す。

 その際の「御恩」に対し、信直は「奉公」の義務を果たすことになる。92年の朝鮮出兵(文禄の役)に招集された際の手紙、秀吉から土木工事を命じられていたことが分かる98年の手紙も展示され、当時の武士の仕事が垣間見られる。

 2章は、江戸時代となり「武家諸法度」で定められた参勤交代の制度について。参勤交代は各大名が交代で江戸にいることであり、江戸に到着する時期も決められていた。本来南部家に義務付けられている4月の参勤で良いか確認も必要で、それに対する幕府からの返信の手紙も2種見ることができる。


 参勤交代で用いられた多種多様な道中道具の実物も展示

 参勤交代は長旅とあり、途中で藩主が不慮の死を遂げると、後継ぎを決めていない場合は家が断絶する恐れもあった。不測の事態に家を存続させるため、「仮養子」を幕府に願い出た「仮養子願」も展示している。

 3章は、実際の盛岡藩の参勤交代の記録や行列で使われた道具などを紹介。「水戸路道中記」からは、通過する場所によって行列の規模を変えていたことが分かる。

 盛岡藩士だった旧家・杉村家に伝わる「参勤交代用留」の一連の資料には、主に鬼柳(北上市)での昼休憩と胆沢川、和賀川を渡るための準備について記録されている。休憩時に藩主に献上する餅の用意や、小豆を煮るよう命じた記録まで事細かに残る。

 藩主の刀を運搬した「腰物筒」や馬具など、道中道具の実物も展示。限られた家しか使用が許されない道具もあり、幕府がその由緒を問い合わせた記録の資料も。道具の由緒をまとめた「南部家御供連取据帳」などから、道具の使用の正当性を示すことが重視されていたことが分かる。

 終章では、藩主が江戸にいる間の生活や、従事した仕事について。「御張紙写」には江戸城への登城日などが列挙されている。

 4代重直が「火消之御役」を命じられた記録や、8代利視が静岡県の大井川の土木工事を命じられた記録など、具体的な仕事が分かる資料も並んでいる。

 担当学芸員の福島茜さんは「参勤交代は有名だが、具体的に何をしているかというと、意外と知らないことに気付くと思う。どういう人たちがどんな動きをして実行に移していたか、そこを見てもらえたら。そこには何百人もの人が関わっていたと、身近に感じてもらえたら面白いと思う」と勧めた。

 動画サイト・ユーチューブの同館公式チャンネルでは、同展のオンラインギャラリートークを公開している。サイト内で「もりおか歴史文化館」と検索して視聴できる。

 午前9時から午後7時(入場受け付けは同6時半)まで。入場料は、一般300円、高校生200円、小中学生100円。19日は休館。



前の画面に戻る

過去のトピックス