2021年
11月27日(土)

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県立美術館開館20年 藁谷収館長に聞く 多彩な企画で魅力度アップ図る 震災後の岩手とともに コロナ禍で発信の在り方も模索

2021-10-12

県立美術館の藁谷収館長

 20年以上にわたる県民主体の美術館建設運動を経て、2001年10月に開館した県立美術館が20周年を迎えた。萬鉄五郎、松本竣介、舟越保武を柱に本県ゆかりの作家の近・現代の作品群をコレクションし、郷土の現代作家の多彩な作品を収集。近年は幅広い世代にアピールする展覧会や参加体験型のプログラムを企画するなど、「開かれた美術館」の魅力をアップ。この10年は東日本大震災後の岩手と歩み、コロナ禍では美術館の発信の在り方にも向き合ってきた。16年春に就任した3代目館長の藁谷収館長(68)に聞いた。(藤澤則子)

 ―館長就任から5年半。開館20周年の節目を迎えた

 藁谷 観覧者が32万人を超えた「ジブリの大博覧会」(19~20年)をはじめ、多くの人に展覧会を見ていただいた充実した5年間だった。

 絵画という王道だけではなく、子どもから年配の方まで幅広い世代に美術館に来てもらうことが実現できた。「小さなデザイン 駒形克己展」(20年)でも、色・形を楽しむ子どもたちの姿に、(アートを感じ取る)力を感じた。

 「唐武(から・たけし)と芸術写真の時代」(21年)では、盛岡で写真館を経営し、大正末期から戦前に岩手の写真界をリードした唐武について改めて知ってもらえたと思う。

 今年度から「コレクション展」と名称を変えた常設展示は、まさに美術館の力。その組み立て方(見せ方)にも学芸員は力を入れ、成果が上がってきている。

 県立美術館ができる前の美術館建設運動を、伊藤昌夫さん(元岩手大教授)ら先生方、先輩たちが中心になって進めていた姿を見てきたので感慨深い。

 全国でも後発の県立美術館だが、県立博物館(1980年開館)の近代美術部門がベースになっていることは間違いない。

 萬、松本、舟越の3作家は独自の世界を切り開いた人。私たちにとってかけがえのない存在で、岩手でしかできない美術館になった。

 ―新型コロナウイルスの感染拡大で、2度の臨時休館を余儀なくされた

 藁谷 消毒、検温、展示の仕方、観覧者の人数のチェックなど基本的な対策を徹底している。

 開館できない状況で、ムーミン展など、既に動き始めていた展覧会が中止になったのは痛かったが、これまで展示室内を移動しながら行っていたギャラリートーク(学芸員による作品解説)をホールで実施するなど密にならないよう工夫している。今後も県内外の感染の状況をチェックしながら、本物の芸術に触れられる美術館の役割を果たしていく。

 ―東日本大震災で企画展が中止になった11年度は、地元の作家らの協力でさまざまな展示が行われた。12、19年度には震災後の文化財レスキューで救出された被災絵画の状況を伝える「救出された絵画たち」も開催した

 藁谷 美術館に何ができるのか。被災地支援には準備、議論が必要で、時間をかけてコミュニケーションしながら方向性を探っていくしかない。震災後に美術館でやってきたことの記憶を束ね、残してくことも必要だ。

 ―子どもたちがさまざまな形でアートに触れることができる、教育普及活動への期待も大きい

 藁谷 館長就任時から、学校教育とのつながりに期待する声も寄せられていた。生涯学習など幅広い教育普及に取り組む中で、学校のカリキュラムとのマッチングの方法を考えていく必要がある。

 「アートカード」(同館のコレクションを印刷したカード)を使った県内の学校への出前授業が好評で、学芸調査員(高・中の美術教員)のサポートで児童生徒が自由に作品を鑑賞している。美術館につながる活動として、展開していきたい。

 ―21年度の後半の見どころと今後の展望は

 藁谷 20周年記念の位置付けとなるのが、盛岡市出身の「もの派」の作家を取り上げる「菅木志雄(すが・きしお)展」(12月18日~)だろう。

 企画展「本城直季展」(10月16日~)では、写真家の本城さんが2011年の東日本大震災時の岩手、現在の岩手を撮影した写真が展示される。本美術館でしか見ることができないので、ぜひ多くの方に見てほしい。

 若い作家の発掘のし方、紹介の仕方も少しずつ変化しており、20周年以降、そろそろ議論を始めたい思いはある。若い人たちの作品を取り上げていくのは美術館の役割。ある意味、これまでの既成概念にとらわれず、しなやかに受け止めることで前に進んでいく。

    ◇
 
藁谷さんは盛岡市出身。岩手大学教育学部教育専攻科修了。



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