2005年 5月 23日 (月) 

       

■ 〈自転車びより〉2 斎藤純 歩道を走ってもいいの

 私が子供のころ、歩道では自転車を押して歩きなさいと厳しく教わった。ところが、今は私と同年配の(同じように教わったはずの)方々も堂々と自転車で歩道を走っている。

  自転車が歩道を走っている光景が、ごくあたりまえのものになった今でも私は違和感を拭えない。異常だと思う。これは警察が指示したことだが、その警察もこれが異常だということを当初は認識していた。だから、これは緊急避難的な処置であると但し書きがしてあった。

  しかし、実際は抜本的な交通改革を先送りにし、自動車優先の国づくりを行なってきた。つまり、道路の権利を自動車に渡し、歩行者と自転車を道路から追いだした。その結果、歩行者と自転車(歩道上の駐輪も含めて)が狭い歩道を奪い合うという事態になった。

  歩道で歩行者を脅かし、放置や駐輪で迷惑をかけるなど、自転車の諸問題は「自転車に乗る人のマナー」が問われる形で語られがちだ。私はこの事態を招いた責任がどこにあるのか明確にしなければならないと思っている。警察自らが法律を意味のないものにしたのだ。

  自分の都合を優先して道路の右側を走るママチャリのお母さんたちに、歩道を駆け抜ける高校生を叱ることはできまい。こういう不幸な状況を招いたのは警察と行政である。ひどく罪づくりなことをしたものだ。

  信頼できる情報筋によると、警察庁はさらに愚かな策を積み重ねようとしている。「自転車は車道を通ってはならない」という法案を作成中だという。今通常国会への提出は見送ったものの、早ければ来年、遅くても再来年に提出の予定と伝わっている。

  すでにほとんどの自転車は歩道を走っているのだから、それを法令化しても別に問題はあるまいと考えているのだ。こういうことを考える人たちは、黒塗りの車の後部席にふんぞりかえっていて、自転車に乗ることはない。自転車に関する法律を決めようというなら、自転車に乗っている人たちの生の声に耳を傾けるべきだが。

  道路を完全に自動車だけに占有させようというこの法令の目的が「交通事故による死亡者数を減らすため」だというから恐れ入る。本気で「交通事故による死亡者を減らす」ことを考えているなら、スウェーデンが実施している「幹線道路以外の車両の最高速度はすべて30キロ」を参考にしてもらいたいものだ。

  これは交通事故による死亡者を減らすばかりでなく、二酸化炭素や有害物質の排出量を大幅に抑えるという効果がある。スウェーデンもずいぶん思い切ったことをやったものだ。なぜか日本ではあまり報じられないが、今後、要注目だ。(作家)


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