2006年 1月 1日 (日) 

       

■ 〈例えばこんなブランド〉湧(ゆう)水

 盛岡市内は湧(ゆう)水・清水の宝庫。城下町の風情を残す市街地やその周辺に残る、清らかな水で銘酒や豆腐がつくられる。同市大通1丁目の御田屋(おたや)清水は、岩手公園北西部に位置し、鉈屋町の青龍水、大慈清水とともに「盛岡三清水」と称される。
 
  盛岡市水道部発行の「盛岡みず物語−水道の歴史」(1986年)によると、御田屋清水は盛岡城下第一の清泉として公供、大奥御用、茶道に利用された。南部氏の故城・三戸城の本丸下に同じ名前があったことから縁によって名付けられたと推察されている。

  明治維新後、市民に開放された御田屋清水には、盛岡中学校へ通う米内光政が毎朝立ち寄り、顔を洗って登校した有名な話も。

  現在所管する公園みどり課によると、1931(昭和6)年に橋本八百二の設計で小公園として整備。43年市に寄贈された。昭和40年代に水脈が途絶えた。市民の強い要望で80年代半ば水道水で復活し、92年の隣接地工事で出た地下水を現在引いている。

  玉山村には、岩手山の伏流水「生出清水」が県内1豊富な水量を誇り、水温の高さから稲作やクレソン栽培、養魚業などに利用される。新市は豊かな自然の恵みを受け継いでいる。

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