2006年 1月 1日 (日) 

       

■ 〈例えばこんなブランド〉老舗が作る「よせ豆腐」

     
  よせ豆腐を作る工藤誠さんと妻の智江さん  
 
よせ豆腐を作る工藤誠さんと妻の智江さん
 
  盛岡は豆腐の消費量が、人口比でとらえて日本で1、2位。良質な大豆と水の良さ、そして豆腐作りの職人の手がおいしさを支える。中でも盛岡の豆腐を代表するのが「よせ豆腐」。

  木綿豆腐を作るときに型箱に入れる前の寄せた状態で器に盛った豆腐。寄(よ)せたままの豆腐という意味で「寄せ豆腐」といわれている。盛岡藩時代からの名物で、今でも盛岡人の好物であり、遠くからわざわざ買いに来るファンが絶えない。その「よせ豆腐」を作る店も今では市内で10店に減った。

  昭和40年代までは市内に100軒近い豆腐屋があり、早朝から売り歩いた店もたくさんあった。今は売り歩く店もない。減った豆腐屋の中で最年長で頑張るのが同市材木町11の5にある工藤豆腐店の工藤誠さん(75)。店は夕顔瀬橋から東へ歩いて1、2分の主要地方道盛岡横手線に面している。同じ並びには南部古代型染めの小野染料所があり盛岡の昔の面影を残している。

  誠さんは妻の智江さん(74)と昭和27年(53年)から豆腐屋を開いた。2人の子供を育てながら、昔のままの豆腐作りをかたくなに守り続けてきた。

  「よせ豆腐は盛岡がルーツだ。藩政時代から盛岡で作られ食べられてきた。京都でもよせ豆腐が人気のようだが、あれは朧(おぼろ)の状態でおぼろ豆腐。盛岡のよせ豆腐と違う」と力を込める。

  工藤さんは「原料大豆をたっぷり使う。ここで大豆を減らせばうまい味は出ない。大豆をすりつぶして余計な繊維を取り除く。どろどろにしてから煮る。豆腐は水が命。うちでは今も井戸水を使う。藩政時代も井戸水を使った。にがりを入れて固める。みんな手づくり。淡泊でありながら深みのある味が出る。滑らかな味が当店のよせ豆腐」と今も変わらないよせ豆腐作りを続けている。

  「秋田県のすし店からも買いに来る。東京からも注文が入る。大量に作っていないから出来た分だけを売る。どのくらいもうかるかなんて考えていない。味の良いよせ豆腐を作るだけ。ただ豆腐屋の店主が高齢化して後継者がいない。このままではよせ豆腐を作る職人がいなくなる。わたしらも生きて元気な間は頑張るが」とポツリと話していた。

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