2006年 1月 30日 (月) 

       

■ 〈自転車びより〉10 斎藤純 自転車通勤手当を

 1月17日、「盛岡自転車会議(準備室)」と「盛岡にLRTを走らせ隊」の合同勉強会があった(於勤労福祉会館)。どちらの目的も、現在の盛岡の交通のあり方を見直そうという点で一致しているし、その具体案に関しても「車から公共交通機関(LRT)へ乗り換えよう」、「車から自転車へ乗り換えよう」と重なっている。

  この連載でも「脱クルマ社会」という言葉を使ってきたが、これは必ずしも「アンチ車」ではない。現代社会において車(自ら動く車は言い過ぎなので、私は自動車を車と表記しています)を使わない生活は不可能だろう。ただ、その使い方をよく考え、改めていく余地は十分にあるというのが私たちの共通した認識だ。その核となる考え方は「中心市街地から車を減らす」というものだ。

  東京で自転車通勤を実践し、自転車ツーキニストという流行語まで生んだ疋田智さんは「自転車通勤は経済的、健康的、そして何よりも楽しい」と、ご自身の経験をもとにアピールしている。

  ガソリンが不要なのだから経済的なのは当然だし、たとえば自転車通勤を推進している名古屋市役所では、自動車通勤手当よりも高額の自転車通勤手当を設定して(盛岡の官公庁や企業でもぜひ導入していただきたい)、自転車ツーキニストを増やした。これは大切なことだ。二酸化炭素削減に取り組むという義務感で自転車に乗っても私のような凡人に長続きは難しい。経済面での現実的なメリットがあれば話は別だ。自転車に乗り換える人が増え、また長続きもするだろう。

  そして、そういう動機で自転車に乗った人が「ご飯がおいしくなったのに太るどころか、逆に体重が減った」と健康面での恩恵を受け、さらには「風を切って走りつつ季節の移り変わりを肌で感じる」ことの喜びに目覚め、自転車の楽しみにハマっていく。

  その結果、まちから車が減る。それによって騒音と二酸化炭素と有害物質だらけの排ガスが減る。車が減ればバスも走りやすくなって、「バスは発着時刻があてにならない」という不満が解消される。車の交通量が減れば、道路の痛みも少なくなり、道路補修に充ててきた莫大(ばくだい)な費用を他にまわすことができるようになる(これらはLRTを導入した場合のメリットでもある)。

  まさにいいことづくめのようだが、問題がないわけではない。現在の自転車の交通マナーが「最低」であることは誰もが認めるだろう。私たち自転車に乗るものが正しいマナーを身につけてこそ、「自転車が走りやすい道路にしてほしい、便利な駐輪場を増やしてほしい」とか「バスや列車に自転車と一緒に乗れるようにしてほしい」などの主張が許される。現状では「マナーを守らない自転車が何を勝手なことを」と相手にしてもらえないのだ。自転車に乗るひとりひとりが自覚し、正していかなければならない。

  このように合同勉強会では活発な意見交換が行われたが、両グループの最大の共通テーマは「中心市街地の活性化=まちづくり」であることを改めて実感した。


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