2006年 4月 23日 (日) 

       

■  〈In Region〉肉筆手紙の味わいを てがみ館の田鎖壽夫さん(61)

     
  盛岡てがみ館の3代目館長になった田鎖壽夫さん、後方壁の長文の手紙は金田一京助が瀬川深にあてた書簡  
  盛岡てがみ館の3代目館長になった田鎖壽夫さん、後方壁の長文の手紙は金田一京助が瀬川深にあてた書簡  
  盛岡市中ノ橋通1丁目の盛岡てがみ館は、盛岡ゆかりの先人の書簡などを収蔵・展示公開する全国でもユニークな施設。啄木生誕120年記念となる今年は、市内4館合同特別展を開催するなど話題も多い。新館長の田鎖壽夫さん(61)に抱負を聞いた。

 「メールも便利でいいが、特に若い人には肉筆の手紙の良さ、味わいも感じてもらいたい」と言う田鎖さん。田瀬中(現、花巻市東和町)、一方井中(岩手町)などの校長を歴任し、3月に雫石中校長を定年退職した。

  「小学生でも分かるようなコーナーを設けるなど、学習にも役立つような展示を心がけたい。手紙が書かれた当時の時代背景を知るだけでもためになる」と、先人が残してくれた手紙に可能性を感じている。

  何度読んでも心を打たれるという1点が、言語学者の金田一京助(1882−1971年)が明治41年(1908年)8月、盛岡中学時代からの文学的親友ともいえる瀬川深(1885−1948年)にあてた手紙。「瀬川さん!」の呼びかけに始まり、啄木や故郷のことをつづった文面に「そのときの心情を飾らず、ありのままに表現している。何度読んでもいい」と感嘆する。

  同館の収蔵資料は、書簡類が約2万5千点。図書・原稿を合わせると約4万5千点になる(2005年12月末現在)。書簡のうち、内容を把握してデータベース化したのは約1万4千点で、地道な作業が続いている。

  「これからは貴重な資料をいかに分かりやすく伝えるかが課題」と田鎖さん。明治以降の資料が中心だが、手紙の中には現代人には読みにくいくずし字やあまり使われなくなった言葉も出てくる。どのような時代に、どのような状況で書かれたのか、キャプション(説明)を加えるなどして紹介していきたいという。

  「手紙を書いた人と手紙を受け取った人、両者の思いを伝えられるのは手紙だからこそ」と、役割を見いだしている。

  もう一つの課題は来館者増。05年度は年間7千人に満たなかったものの、前年度よりわずかに増加した。「ゆっくりだが市民に周知されつつあると思う。ただ高校生の来館が非常に少ないなど幅を広げていくためには工夫も必要。いろいろな世代の人に何度も来てもらえるような館を目指したい」と話していた。

  田鎖さんは宮古市出身。県立埋蔵文化財センターで12年間、発掘調査に携わった。県内中学校での教員生活を経て盛岡てがみ館の3代目館長になった。

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