2006年 7月29日 (土) 

       

■  〈自転車びより〉16 斎藤純 サイクリング・ブルース 

 サイクリストとしても名を馳せているロックンローラー忌野清志郎が『サイクリング・ブルース』(小学館)という自転車本を出した。手にとってパラパラっとめくったときは「お手軽なタレント本」という感じがし、いい印象を持たなかった。

  帯には「旅に出たくなる自転車入門書」とあり、自転車の旅の記録から、ストレッチングやライディング、愛用のマシン(自転車)、ツール、ウエアなどが紹介されている。だが、この程度の自転車入門書ならごまんと出ているから、何も清志郎の本で読むまでもない。たとえば、ロック(鍵)を紹介するなら、盗難にあった体験(160万円の自転車が盗まれたことがある)をもとに駐輪方法なども含めて教えてほしいものだ。などと主に編集内容に対して疑問を感じつつ、改めてページをめくっていくうちに背筋がピンと伸びていった。

  音楽と自転車の国キューバ、ハワイのオアフ島東海岸沿い160キロを走る「ホノルル・センチュリー・ライド」参戦、怪我(けが)に泣かされた沖縄一周挑戦、四国八十八カ所礼所巡りなど、国内外を精力的に走りまわっていることにまず驚かされる。そして、その写真に添えられた短いコメントのひとつひとつが胸にしみこんでくる。

  たとえば、〈いくら頑張っても、世間の評価とかはそう簡単にはついてこない。/そんな経験を僕なんかずっとしてきたから、そういう価値観にしばられたくない。/なによりも大事なことは、自己満足。自分の走りに納得できれば、それでいい〉と清志郎は書く。 もう一度帯を見ると「自転車入門書」ではなく、「自転車愛入門書」なのだった。これならわかる。〈楽しくて、つらくて、かっこいい〉自転車を「愛してるぜェ」という心からの思いが伝わってくる本だ。

  この本が出た直後、周知のように清志郎は喉頭癌(こうとうがん)の治療のため入院した。ホームページで〈何事も人生経験と考え、この新しいブルースを楽しむような気持ちで治療に専念できればと思います〉とコメントしている。

  ツール・ド・フランス7連覇という前人未到にして今後も達成不可能といわれる大記録を打ち立てたランス・アームストロングは、レースの他に癌とも闘った。生存確率が数パーセントという癌にもランスは勝った。そのランスは『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』(講談社)に〈僕はツール・ド・フランス優勝者といわれるよりは、癌生還者の肩書の方を選ぶ〉、さらに〈断言していい。癌は僕の人生に起こった最良のことだ〉と書いている。病室の忌野清志郎はきっとランスの言葉を知っているに違いない。

  自転車は走りつづけていないと倒れる。清志郎にも走りつづけてもらいたい。 (作家、盛岡市在住)

 

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