2006年 10月 31日 (火) 

       

■  〈自転車びより〉19 斎藤純 米国在住の知人から吉報 

 この連載はインターネット(http://morioka-times.com/topics/bungei/jitensya.html)でも読めるので、日本全国に発信していることになる。いや、インターネットに国境はないから、海外でも読むことができる。

  アメリカ在住の知人から「うちに眠っている古いロードスポーツを進呈したい」という吉報があった。自転車をキーワードにネットサーフィンしていて、たまたま第14回の〈いつかぼくも古い自転車を手に入れ、こつこつと手入れをして乗ってみたいと思っている。どこかに捨てるに捨てられずに困っているロードスポーツなどないものだろうか〉が目に止まったのだという。

  「オートバイが好きなのは知ってたけど、自転車も好きなんだね」と彼は驚いていた。
  ぼくも意外な展開に驚いた。同時に、自重しようと戒めてもいる。いただくのは作品への評価だけにしたいものだ。

  とはいえ、20年以上も前のロードスポーツが届くのを心待ちにしている今日このごろである。
  古い自転車は「古い」から魅力的なのではない。純粋に造形が美しいから好きなのだ。もちろん、これは趣味の問題なので、最先端の自転車に美しさを見出(いだ)している方がいても少しも不思議ではない。

  付け加えるならば、古いものを使いつづけることも、ひとつの美しい生き方だと思っている。ぼくのまわりには10年以上つきあってきた文具、衣類、雑貨、本、CDなどがたくさんある。ぼくは、その価値観も含めて10年もたないものを身辺に置きたくないのだ。

  頑固な奴(やつ)だな、と思われるかもしれないが、世の中にはぼくよりもっと上手がいらっしゃる。
  ジャズ喫茶一関ベイシーの菅原正二マスターは「30年以上もたないものを、ぼくはモノとして基本的に認めない」と公言してはばからない。確かに菅原さんが内外のマニアをうならせているオーディオ・セットは30年以上使いこんできたものだ。その素晴らしいセットで鳴らしているジャズも30年以上聴かれつづけてきたものだ。そもそもあのお店じたい、古い土蔵を改装したものだ。言うだけではなく、確かすぎるほどの実践を伴っている。

  過日、自己破産した岩手川工場(盛岡市鉈屋町)を文化地層研究会の会員のひとりとして見学してきた。周辺は町家が残り、城下町盛岡の姿を何とか伝えている地域であり、岩手川工場はその核となる存在だ。もっと言うと、鉈屋町の核であるばかりでなく、盛岡の産業と文化の核であり、岩手のひとつの象徴でもある。

  見学をして改めて気づいたのだが、ただ古いだけではなく、スローライフやLOHASという未来に通じるものもある。お金では買えない、貴重な財産だと思う。当会を含む5団体が、このような認識のもとで保存活用の道を求めて活動している。
  (作家、盛岡市在住)

 



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