2008年 2月 4日 (月) 

       

■  〈自転車びより〉32 斎藤純 ツーキニスト来盛

     
   
     
  自転車ツーキニスト(自転車で通勤する人のこと。マイカー通勤から自転車通勤への切り替え組が増えて、一種の社会現象にもなった)という言葉の生みの親で、「大人の自転車ライフ」などたくさんの著書で自転車に関するオピニオンリーダーとして活躍されている疋田智さんが1月半ばに盛岡にいらっしゃった。自転車専門誌に連載している紀行文の取材のためで、盛岡にいらっしゃるのは〈減クルマでまちづくりシンポジウム〉以来だから、およそ10カ月ぶりだ。

  大雪が降る前ではあったけれど、真冬の道だ。

  「本当に自転車で走るんですか。路面が凍っていますし、日中の最高気温も零度前後ですよ」

  「それこそ望むところです。文学の香るまち盛岡をぜひ自転車で走りたいと思っています」

  疋田さんから強気な答えがかえってきた。東京での暮らしでは決して体験できないことだ。宮崎出身の疋田さんにとっては雪も珍しい。

  そんなわけで、石川啄木と宮沢賢治ゆかりの場所をご案内することになった。

  啄木と賢治は多感な青春時代を盛岡で過ごしている。当時モダンな都市だった盛岡が、二人の創作活動に少なからぬ影響を与えたことは想像に難くない。

  疋田さんに資料として〈盛岡啄木・賢治「青春の記憶」探求地図〉をプレゼントすると、とても喜ばれた(ちなみに、この地図を制作した文化地層研究会はこれらの活動が認められて、第1回もりおか暮らし物語賞を受賞した)。

  輪行袋に収めて持参した自転車を盛岡駅近くのホテルで組み立てた疋田さんと真冬のポタリングへと出発。まず、開運橋から岩手山を望んだ。北上川の白鳥が旅人を一緒に出迎えてくれる。

  お昼にじゃじゃ麺を食べた後、盛岡高等農林学校の校舎を保存活用している岩手大学、盛岡城跡、岩手銀行、そして白鳥や鴨を眺めながら中の橋から上の橋まで中津川沿いの道を走った。

  ツルツルに凍結した路面は、しばしば疋田さんを手こずらせる。でも、そういうことも逆におもしろがっていた。雪原と化した中津川の河原を走りまわる姿は子どものようだった。自転車には大人の童心を呼びさます働きがある。

  夕食に冷麺を食べた。

  「これで盛岡三大麺のうちふたつを制したことになります」

  「名物にうまいものなしと言うけど、盛岡の名物はちゃんとおいしいですね。明日は南部せんべいと南部杜氏が仕込んだ地酒を買って帰ります」

  「今度は夏にいらしてください。小岩井農場までサイクリングしましょう」

  「必ず来ます。自転車で走って、盛岡のよさがよくわかりました」

  盛岡のまちにも食べ物にも満足していただくことができた。

(盛岡市在住、作家)

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