2008年 7月23日 (水) 

       

■  〈自転車びより〉斎藤純 35 売れ行き好調

     
   
     
  自転車の売れ行きが好調だそうだ。

  数年前、なじみの自転車屋さんに「自転車ブームで、売れているようですね」と話したときは、「それは東京の話で、盛岡では全然」という答えが返ってきて、流行の地域差がそんなに大きいのかと驚いたものだ。

  改めて言うまでもなく、クルマ離れと自転車への乗り換えを進める原動力になっているのは、このところのガソリン価格の高騰だ。

  ずいぶん前からわれわれペダリストは、環境のためにも、健康のためにも、中心市街地の活性化のためにも自転車に乗ろうとアピールしてきた。しかし、「いいことをしましょう」というだけでは人はなかなか動かないものだ。「背に腹は変えられない」状況にならないかぎり、人は習慣を変えず、惰性で暮らしつづける。

  もうひとつ、若い世代の大きな流れとして、価値観の変化がある。ぼくが20代のころは、就職して初めての給料(あるいはボーナス)でクルマを買うことが当たり前だった。そして、いいクルマを買うために一所懸命に働いたものだ。昨今、そういう情熱を持っているのはごく一部のマニアだけで「クルマなんていらない」というほうが一般的なのである。

  これまで大きなエンジンを積む高級車に乗っていた人も、コンパクトで燃費のいいクルマに乗り換えている。実際、そのほうが日常では使い勝手がよく、今まで見栄を張って大きなクルマに乗っていたことが馬鹿らしく思える。

  そんなわけで、クルマがステータス・シンボル(それはあくまでも日本的な誤解に基づくステータス・シンボルだったのだが)として通用したのは、旧社会(20世紀)でのことと言い切ってしまっても、反対する人はそう多くあるまい。

  高まる環境意識も自転車の追い風になっている。

  自転車に乗り換える人の傾向には2つあるそうだ。一つは高級車でやってきて1万円もしない自転車を買っていくタイプ。もうひとつは、多少高価でも長く使える自転車を買っていくタイプだ(さらに、ブームのおかげで以前に比べると割安感が増してきたスポーツ自転車を買っていくタイプも少なくないという)。

  盛岡ではこういうときが到来するのを見越していたかのように、今春、自転車条例が施行された。この条例では、自転車をバスや鉄道と同じようにれっきとした交通機関のひとつとして位置づけ、この交通機関(自転車)の利用を促進するための環境整備やマナー向上などを細かく定めている。

  これは中核都市としては先進的な取り組みとして注目を集めており、先日も東京から生活者ネットワークに所属する市議・区議7名が行政視察に見えられた。自転車に関する市民団体との話し合いの場を持ちたいとの要望があり、ぼくが盛岡自転車会議代表としてお会いしてきた。

  自転車に関連する社会実験などについて2時間ほど話し合ってきたが、その際、行政と市民団体の協働が進んでいることがとても高く評価された。

  それはとりもなおさず、役所が市民の声を真剣に聞くようになっことをあらわしている。自転車条例はそのひとつの事例だと言っていいだろう。

  盛岡では自転車が、環境やまちづくりばかりでなく、官民協働のシンボルにもなろうとしている。

  (作家、盛岡市在住)

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします