子供たちにとっては楽しい夏休みの8月だ。両親と一緒の海外へのバカンスや墓参りを兼ねての帰郷など計画している人もあるだろう。大いに英気を養ってほしい。
8月といえば、毎年のことだが終戦時が思い出される。昨年も一昨年も戦争のことを書いた。生きている限り若い人たちに書かねばならない。累々たる死者、瓦礫(がれき)の焼け跡、虚脱の人々、10年を越える飢餓、紙くずのような紙幣のインフレ、人心も荒廃して汽車のガラス窓は打ち砕かれ、窓から飛び込む群衆、機関車にまでひしめく乗客だった。当時、ぼくは宮古駅で働いていた。
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昭和天皇が国民を励ますために全国を行脚され、昭和22年8月岩手に来られた。宮古には釜石方面からおいでになり、ぼくらは駅のホームでお迎えした。天皇のお顔の鼻のあたりが煤(すす)煙で汚れていたのが記憶に鮮明だ。前日に到着した天皇の乗られるあずき色の自動車を警備し、翌日お渡しした。お車にナンバーは付いていなかった。車の前頭部に立てる天皇旗というものを初めて拝見したのだった。
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ぼくの書架に昭和天皇のご歌集がある。ご来県の都度、歌を詠んでおられる。
○たへかぬる暑さなれども稲の穂の育ちを見ればうれしくもあるか−岩手県にて−
昭和29年8月のお歌である。
○打ちならす太鼓を胸にをのこらは鹿のふりしてをどりけるかな−花巻の宿にて−
昭和36年10月のお歌である。
○すみわたる秋空のかなたはるかにも駒ケ岳のみね煙はく見ゆ−盛岡にて−
昭和45年10月10日、第25回国民体育祭秋季大会ご出席の折のお歌である。当日は素晴らしい晴天でぼくも参観した。小学生の娘がセレモニーの演技に出たのだった。
○岩手なるあがたの民の憩場(いこひば)の森となれかしけふ植ゑし苗
○夕空にたけだけしくもそびえたつ岩手山には雪なほのこる−八幡平ハイツにて−
昭和49年5月19日、全国植樹祭にご出席の折のお歌である。大船渡にもお泊まりになられたようで
○夜の雨いつしかやみて入海の朝あけになくうみねこのこゑ
のお歌もある。何とみずみずしい透明感に満ちたお歌であろう。それぞれ格調の高い朗々たる調べのお歌である。
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天気のよい日は朝食をすませて畑に出る。花の畑と野菜の畑を回る。天候のせいか、ぼくの土作りのせいか、キュウリもトマトも作柄がよくなく失敗だ。ササギがよく毎朝摘んで1年を通して食べるほど冷凍した。ジャガイモは中旬ごろ収穫したいと思っている。土の中からゴロゴロ出てくるのを今から楽しみにしている。
(歌誌編集者)
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