【啄木の短歌】
胸いたみ、
春の霙の降る日なり。
薬に噎せて、伏して眼をとづ。
〔『悲しき玩具』125〕
〔現代語訳〕(病気のために)胸が痛み、(天候的には)春の霙(みぞれ)の降っている日です。(その為に飲んだ)薬にむせて、(その後)横になって眼を閉じ(色々なことを考え)たのです。
【賢治の短歌】
なつかしきおもひでありぬ目薬のし
みたる白きいたみの奥に。
〔「歌稿〔B〕」48〕
〔現代語訳〕なつかしい思い出がありました。目薬が染みた白い痛みの奥に。
〔評釈〕啄木歌の「胸のいたみ」には、結核が「死病」であった当時の人々の格別な思いがある。『悲しき玩具』の中にも「医者の顔色をぢつと見し外に/何も見ざりき胸の痛み募る日。」(120)がある。「胸いたみ」、「春の霙の降る日」、「薬に噎せて」、「伏して」、「眼をとづ」の全てが所謂(いわゆる)感情的な用語を用いていない、所謂「客観的描写」となっている。一首全体の節調も重いものではないが、その背後にある思いは、おそらく軽いものではあるまい。賢治もまた、「結核」と闘った生涯であり、「眼にて云ふ」〔『疾中』〕には「ゆふべからねむらず血も出つづけなもんですから」ともあるが、短歌作品の中には、制作時期とも関連して、結核を直接に歌ったものはない。抽出歌は、目薬の例であり、一見何気ないような表現と受け取れそうな中に「白きVSいたみ」、「(おもひで)ありVSいたみの奥に」など、結合比喩の羅列となっている。
(盛岡大学長)
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