2008年 8月 13日 (水) 

       

■  〈都市の鼓動〉2 山添勝 中心市街地空洞化の現実と盛岡

 7年前のことと記憶している。中心市街地活性化についてのシンポジウムが仙台で行われた。盛岡の街づくりに深く携わってきた者として当然時間を割いて聞きに行くべき貴重なイベントと思われた。

  コーディネーター、パネラー共各界の名の知られた面々で、期待を込めた。ところがなんとも元気のないシンポジウムに耳を傾けることになった。

  パネラー諸氏は地方都市における市街地中心の空洞化の状況把握はしているけれど、改善の具体策について誰ひとり良案の持ち合わせがなく、なんとも歯ごたえのない話の羅列を聞かされるはめとなった。

     
  アメリカに出現した郊外型ショッピングセンターを視察に訪れたのは今からちょうど20年前のことだ。日本は同じ轍を踏まないと、当時は思ったが…  
 
アメリカに出現した郊外型ショッピングセンターを視察に訪れたのは今からちょうど20年前のことだ。日本は同じ轍を踏まないと、当時は思ったが…
 
  ただ、その時点で全国の中で3都市、熊本、静岡、盛岡がいまのところ元気である、というコメントがあり、びっくりすると同時に盛岡市民である自分としては、背中にこそばゆさを感じた。

  地方都市の中心市街地空洞化の主原因は大型ショッピングモールを中心とする郊外開発にあることは論を待たない。大型ショッピングモールの郊外展開は米国で始まった。ありあまるほどの広大な土地と車社会の充実が大型ショッピングモールを発生させたことは言うまでもない。

  その展開は全米にあっという間に広がり、それに比例してダウンタウンのゴーストタウン化が進んだ。

  私は当時その状況を視察する機会があったが、日本の諸都市が同じ轍(てつ)を踏むとは思えなかった。大型ショッピングモールが展開する要因が米国のようにそろうはずがない、と思ったからである。

  ところが予想は簡単に外れる。開発に必要な広大な土地は田畑をつぶし、丘を削れば得られ、それでも足りなければ立体駐車場を付置させれば十分補える。屋上駐車等は当然のことだ。アクセスとなる道路の充実は米国に劣らない。米国における深刻なゴーストタウン現象が負のサンプルとして警告を発信しているのにもかかわらず、日本においても郊外型大型店があっという間に展開し、都市の中心市街地の空洞化が進んだ。

  市民は慣れ親しんだ自分達の街より便利で快適と思われる新空間に足を向けようということになる。

  シンポジウムは盛り上がりのないまま幕を閉じた。それはいったん空洞化した街の再生がいかに困難なのかを象徴しているかに感じられた。

  その後、数年の間に盛岡の郊外にイオンモールが3店舗展開を終えた。その結果盛岡は変わったか。空洞化したか。答えは、しかし本当に幸いにもいまだ「否」であるといえる。

  空洞化せずに頑張る3都市のひとつに数えられ続けるわが街盛岡にあらためて激励のエールを送りたい。

  (NPO都市デザイン総合研究センター理事、建築家)

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