2009年 3月 3日 (火)

       

■ 〈啄木の短歌、賢治の短歌〉133 望月善次 季節の涙

 【啄木の短歌】

  わかれ来てふと瞬けば
  ゆくりなく
  つめたきものの頬をつたへり

     〔『一握の砂』366〕

  〔現代語訳〕(妻子や見送りの人と)別れて来て、するともなく瞬きをすると、思いがけず冷たいものがほおを伝わって落ちたのです。
 
  【賢治の短歌】

  うたまろの
  乗合ぶねの前に来て
  なみだながれぬ
  富士くらければ。

    〔「歌稿〔B〕」344〕

  〔現代語訳〕(喜多川)歌麿の「乗合船」の前に来て涙が自然と流れました。(その「乗合船」の)富士山が暗く描かれておりましたので。
 
  〔評釈〕誘い出されるように流れる涙に関わるような作品二首を抽出した。啄木作品は、「忘れがたき人人 一」からの抽出。伝記的には、小樽から釧路に向かう車中を背景にした作品。「ふと」「ゆくりなく」と啄木短歌の「瞬間性」把握のためのキー・ワードが並んでいるが、「瞬間」をとらえるためには、それに見合う表現力がなければどうにもなるものではない、という年来の主張を繰り返しておこう。賢治作品は、「大正五年七月」中のもので、ドイツ語講習から秩父地方土性地質調査に合流する直前、上野の「帝室博物館」に立ち寄った時のもの。後年の「あゝ浮世絵の命は刹那/あらゆる刹那のなやみも夢も/にかわと楮のごく敏感なシートの上に/化石のように固定され/しかもそれらは空気に息づき/光に色のすがたを変へ/湿気にその身を増減して/幾片幾片/不敵な微笑をつゞけてゐる」〔「浮世絵展覧会印象」〕が示す眼力の感受性は既に形成されていたのである。

  (盛岡大学長)

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