2009年 3月 4日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉114 伊藤幸子 「川柳洗礼」

 うす雪やウフンウフンと
  ふきのとう
真木 泉
 
  短歌の世界にひたって50年近い。自分の名前、作品が活字となって発表の場を得るようになって、あまりにも平凡な姓名に、ときおり同姓同名の難に遭遇したりもした。先日も「○歌壇のお作拝見しました」なんて言われ、大あわてで否定、さりとて今さら改名も面倒と、現状維持を保っている。

  そんな私がもうひとつの名を持った。平成12年3月、岩手日報川柳の選者に当代一線の人気川柳作家、時実新子さんが決まったとき、古い文芸仲間から投稿をしきりにすすめられた。新子さんの地元神戸や、ご主人の故郷秋田の柳人方も岩手柳壇に投句されるという。

  その時、本名ではいささかきまりが悪いと思い、「真木 泉」としてみた。篆刻(てんこく)の大家の方はさっそく「泉」の印(いん)を陽、陰刻さらに飾り印まで彫って下さって作品以前に周辺の盛り上りがまぶしくてとまどったことだった。

  やっぱり名前がよかったせいか、真木泉サン、ゴシック体でしばしば新子先生の選評を頂いた。これが今となっては私の大きな宝物。H12・5・23日付「右往左往転勤辞令まだこの世」には「まだこの世、と言いつつも作者の心弾みが伝わってくる。思えば忙しいのは元気の証し、それこそが生の支えですよね」と会話体で。H15・2・18「みずひきや賀と喪重ねてこぞことし」では「賀と喪重ねて、が人生を端的に語っています。みずひきの黒白と紅白は乖離(かいり)のようにみえて繋がっているのかも」、掲出句には「ウフンウフン」が川柳です」と特急はがきが届いた。

  しかし、真木泉蜜月のときは平成19年3月10日、新子先生終焉の日を以て終了してしまった。その折にご主人曽我六郎さんから頂いた追悼冊子に、盛岡タイムス3月21日付の「愛はるか、口ずさむとき」拙文も掲載されている。そこには、私の愛読書を続々執筆中の玉岡かおるさんも深い追悼文を寄せておられる。

  思えば川柳洗礼日の浅い私は、短歌のようなマンネリもスランプも知らず、ただ新子先生のご評を頂くのが嬉しかった。あの初々しさがなつかしい。もうすぐ師の三回忌が巡ってくる。

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