2009年 3月 8日 (日)

       

■ 〈胡堂の父からの手紙〉206 八重嶋勲 当方はいかほど窮しても差し支えない

 ■273半紙 明治41年5月25日付

宛 東京市麹町區飯田町四丁目三十一、
                日松館
発 岩手縣紫波郡彦部村
前畧何モ述間敷身体ノ健全ニ回復スルヲ一意ニ心掛ラレ度候、何程窮シテモ当方ハ差支ナシ、目的ノナキ業ニアラス、如何ニ苦慮シテモ学費ハ可送、必用(要)ノ期間ヲ過ルハ気ノ毒ニ候、
佐藤庄兵衛如キ当時最モ症ニ□リ岩手病院ニ入院中、診断書ニ依ルト頸結核、肺結核、腔肛、当夏中六ヶ敷様ナリ、彼(レ)ノ如キハ摂生法ヲ知ラサル為メナラン
病院ニアリナカラ食費薬ノ外一ヶ月弐、三円ニテ間ニ合セ居ルトノコト、如斯モノニ比レハ仮令五百千ノ金多額ノ費消スルモ梢ヤ回復ニ相成タルヲ想像シ面白キコト何ニ仮令方無之候、正養(寺)ノ教全モ然リ、此頃ヨリ二階ヨリ台所迄居(降)来ル位、顔色ナトハ死人同様是レモ近キ遠キノミ実ニ悼敷コトニ候、
当方ヨリモ願フコトナレ共直接ニモ佐比内ノ叔父様達ヘ願事セラレ度候、
  二伸
今手紙ヲ発送セントスル場合手紙到達シ四十円送金請求尤ノ事ナリ、授業料モ四月廿日限リノ分未タ納メ兼心痛ノミ致居候、今実ニ五十円余ノ金束(策)ノ手段如何トモ無之苦心罷在候、今明日中十円ナリ二十円ナリ金束(策)手ニ入次第送金可致、何ニハ取リ置授業料払込ミ致度モノニ有之候、
折柄不止得中野ヨリハ豫而四十円借入アリ尚願フモ面目次第ナキコトニ候得共中野ト久保ト水本ノ叔父様達書面ヲ以テ直接願ヘ(ヒ)呉レタナラ如何ナルカ、親父ヨリ折節ウルサク云フモ若シ窮乏シアル為メ他ニ需用シアルカト疑義ヲ差ハサマルゝ様ニテハ将来ノ為メ尤残念ニ候、
今孕馬五才賣却スレバ六十円代計リ有之、到底見込ナキトキハ此馬ヲ賣却スルノ覚悟ナリ、余ハ後便ニ残ス、
夏期ニ至リ帰郷致シテ親類ヘ相談セシナラ夫々ノ方法モ容易ナルベシ、必ラス過分ノ心痛ハセラレ間敷候、若シ余融(裕)アラバ学事丈期定ノ年中ニ済シ(ス)様ニ被致度候、
耕次(郎)モ目下ハ実習ノ為メ日詰ノ講習所ニ宿泊シ常ニ家内ニ弐、三人ナリ、三日ニ一邊位耕次郎モ帰午後五時頃ヨリ夜分ニカケ朝飯前セッセト家事ニ從事シ居ルモ家内ハ耕次(郎)計リモ内ニ置キ農事ニアルナラ如此困難アル間敷トコボシ居リ候、是モ尤ナリ、
学校方ニテハ耕次(郎)程若キモノ三十人ノ内一、二人ナルモ其熱心ナルニハ校長モ賞賛シ、校長ノ補助五人ノ内ノ一人トナリ、アル組ノ部長トナリ、重代(大)仕事ノ担任シ居ル様子ナリ、郡ノ方針ハ此補助員ニ明年郡内ノ巡回教師トシテ、月廿五円(六ヶ月間)計画ナル由ナリ、
実ハ送金ノ義(儀)ニ付一日モ苦慮セヌ日モナシ、病後□スル様ノ事ナカリセバ幸福ナリ、都度其求メニ應ス(シ)兼延引スルハ残念、最早(ク)家柄ヤ似合過分ナル故ナラン、何レニシモ目的ハ達サシムルニ可致候、
今日ハ金束(策)ノ為メ佐比内ト日詰町ニ両人手分シテ出行スルナリ、早々
   五月廿三日         父
    長一殿
 
  【解説】「前略、何も言わない、ただ身体の健全に回復するのを一意に心掛けよ。いかほど窮しても当方は差しつかえない。目的のない業ではないので、いかに苦慮しても学費は送ろう。送金が必要な時期が過ぎるのは気の毒である。

  佐藤庄兵衛は、今最も重い症に罹(かか)り岩手病院に入院中。診断書によると頸結核、肺結核、腔肛で、この夏がむずかしいようである。彼は摂生法を知らなかったためであろう。

  病院に入院していながら、食費、薬の外1カ月2、3円で間に合わせているとのこと。これにくらべれば、長一が、たとえ500円、千円の金を多額に費消しようとも、やや回復になったのを想像して、その面白いこと何にもたとえようがない。正養寺の石ヶ森教全も然り、この頃、2階から台所まで降りて来る位で、顔色などは死人同様。これも死に近い遠いというのみで、実に痛ましいことである。

  当方から願うことであるが、長一から直接佐比内の叔父様たちへお願いするようにせよ。

  二伸

  今手紙を発送しようとした時、長一から手紙が着き、40円送金の請求。もっともの事である。授業料も4月20日限りの分いまだ納めかね心痛している。今実に50円余の金策の手段がいかんともなく苦心している。今明日中に10円なり、20円なり金策し、手に入れ次第送金しよう。なにはさておき、授業料の払い込みをしたいものである。

  この折やむを得ず、屋号中野(長一の母の実家)からは、かねて40円借り入れがあり、なおお願いするのは面目次第もないことであるが、屋号中野と屋号久保と水本の叔父様たちに、長一から書面で直接お願いしてみたらどうか。親父から折節うるさくいうのも、もし窮乏しているため、他につかっているのではないかと疑われるようでは将来のためもっとも残念なことである。

  今孕(はら)み馬五才を売却すれば60円代ばかりになる。到底金策の見込みないときは、この馬を売却する覚悟である。余は後便に申し残す。

  夏期休暇になったなら帰郷して親類に相談すれば、何か方法も容易であろうから、過分の心痛をしないように。若し余裕があれば学業だけは期定の年中に済すようにせよ。

  耕次郎(長一の次弟)が目下実習のため日詰の養蚕講習所に宿泊しており、常に家内は2、3人である。3日に1度くらいは耕次郎が帰り、午後5時頃から夜分にかけ、朝飯前もせっせと家事に従事している。家内(母)は、耕次郎ばかりも、家におき農事をするならば、このような困難がないとこぼしている。これももっともなことである。

  養蚕講習所では、耕次郎程若い者は、30人の内1、2人であるが、耕次郎の熱心なのには校長も賞賛しており、校長の補助5人の内の1人となって、ある組の部長となり、重大な仕事を担任している様子である。紫波郡役所の方針はこの補助員に明年紫波郡内の巡回教師として雇い、月25円(6か月間)の計画ということである。

  実は送金のことについて1日も苦慮しない日がないが、長一の病気がぶり返すようなことがなければ幸福である。送金の請求の都度その求めに応じかね延引するのは残念。最早家柄や似合いを過ぎているためであろう。いずれにしても目的は達さしめるようにしよう。

  今日は金策のため、佐比内と日詰町に父母が手分けして出掛ける。早々」という内容。

  父長四郎は、金策に苦慮しない日は、1日もない、という。屋号中野、屋号久保、水本の叔父たちは、皆長一の母の兄弟で、父としては、面目のないことであろう。そして、この場合、孕み馬を手放そうとしているのである。

  一方長一の次弟年若い耕次郎が、進学を諦めて、養蚕講習所にまじめに通い、寸暇を惜しんで、自家の農作業に励んでいるのも健気である。

  (県歌人クラブ副会長兼事務局長)

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