2009年 3月 11日 (水)

       

■ 〈古都の鐘〉32 鈴木理恵 カフェーハウス談義

     
  夜10時、ウィーン・リング沿いのカフェ・ショッテンリングの風景  
 
夜10時、ウィーン・リング沿いのカフェ・ショッテンリングの風景
 
  ほんの一息つきたいときに、カフェーハウスに足を運ぶ。それは東西どこも同じだろう。わたしもしかり、レッスンの合間に、リハーサルの休憩時間に、買い物の後に、疲れた足と頭を休めるため、カフェに足が向く。

  そういえば語学のレッスンもアパートの契約もカフェでしたっけな、と在りし日を思い出す。音楽学生ばかりの寮に住んでいた頃は、耳をふさいで音にあふれる建物を逃げるように、隣のカフェに駆け込んでいたものだ。パリのカフェは、タバコや宝くじに混じって切手も売っているところが多かったから、手紙を書いてはそこからすぐに出せて便利だったのを思い出す。

  ウィーンとカフェとはよく語られるテーマだが、一体どれだけの数のカフェーハウスが、この街にはあるのだろう。名の通った由緒ある店から、その辺のさもない店まで、各横町至る所にそれはある。

  ここの人たちは、コーヒーにブッターセンメルという小さなバター付きパンの朝食に始まり、昼食のお得な定食―スープにメーンの一皿という組み合わせが大半。午後のおしゃべりにはお菓子とコーヒー、そして夜食のグーラッシュというパプリカのスープにビールまで、それぞれが我が家のように使っている様子だ。新聞は最新のものをいく種類か揃えている。バラバラにならないように布団たたきのようなものに挟まれて、入り口近くに置かれている。昔ながらの紳士クラブの流れを汲んで、ビリヤードを置いているところも少なくない。今では、別に粋でもなんでもない男性が、暇に任せてか遊んでいるのを時折見かける。カフェーハウスは犬にも優しい。顔なじみだったのだろうが、飼い主の足元にうずくまると、店のマダムが犬用の器に水を運んできたのを見たことがある。

  フランスの、ガラス張りのテラスの付いた、外に開かれたカフェに比べると、ウィーンのそれは冬が長く、寒さが厳しいせいか、もっと内にこもった応接間のようなところが多い。入り口のドアもからだ全体を使って押さないと動かないような頑丈なものだし、ソファの普及率も高い。あたかも人の家にお呼ばれしたような感じである。ゲミュートリッヒとは、居心地の良いとか、快適な感じを現す言葉であるが、暖かいカフェーハウスで、ぬくぬくしたり、おしゃべりするのは、まさしくゲミュートリッヒなのである。「カフェは自宅が持つ全ての長所を備え、全ての短所を取り除いたものである。いつでも立ち去れると思うと、喜んで訪ねることができ、また去り難くなる。」ヴァイゲルという文人はこう言った。

  奇妙なことに、パリでもウィーンでもこれだけカフェの街と謳(うた)われているのに、お味の方はとんと大したことがない。そういうことにはあまり関心がないらしい。せいぜいミルクとコーヒーの割合か、ホイップしたクリームをいれるかどうか、お酒を入れるかどうかの違いである。その点、日本のおいしいコーヒー店は世界に誇れると自負している。先日オーストリアの友人を連れて帰国した時も、実に鼻が高かった。

  最後にわたしの大好きな詩を紹介して終わりにする。作者はペーター・アルテンベルク、カフェーハウスをほぼ住み家とし、手紙もそこに宛てさせていたボヘミアンである。
 

  あれやこれや悩みはつきない─カフェへ行け!
  彼女がなんのかんの、まことしやかな理由で来れないと言う─カフェへ行け!
  ブーツがとうとう破けてしまった─カフェへ行け!
  給料は400クローネ、支出は500クローネ─カフェへ行け!
  ちゃんと節約してやってるのに、なんの得にもならない─カフェへ行け!
  役所勤めだけど、本当は医者になりたかった─カフェへ行け!
  恋人がいない─カフェへ行け!
  心の中はもう自殺寸前─カフェへ行け!
  人嫌いなのに、それでも人恋しい─カフェへ行け!
  もうどこにもツケが効かない─カフェへ行け!

(ピアニスト)

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします