2009年 3月 11日 (水)

       

■ 〈都市の鼓動〜リレーコラム〉32 服部尚樹 「観光客」はどこにも存在しない

     
   
     
  最近、耳にしたコトバ。

  「こんなに景気が悪いと、観光客は来ない。」

  ほんとうに、そうでしょうか?

  先日、複雑系論で著名な経済学者の西山賢一先生が盛岡にやって来ました。先生は、NPO関係のあるシンポジウムの講師に招かれたのですが、「盛岡は、初めてです」とのことでした。

  しばらくして、先生からメールが届きました。

  「盛岡は夢のような時間でした。お会いしてから盛岡を離れるまでの時間を、いとおしく振り返っています。」

  盛岡を気に入ってくれたらしく、ホテルから撮った岩手山の写真などを、先生はご自身のホームページに掲載されていました。期せずして先生は、盛岡の観光客になってくれたのでした。

  先生のメールの結びは、こうでした。

  「盛岡はずいぶん近いことがわかりました。また出かける機会を作りたいと思います。」

  先生は、盛岡観光のリピーターになりそうです。

  こうやって、盛岡に住む人の身近な知り合いが盛岡観光の観光客になっていきます。これまでも盛岡人がどれだけ、知り合いを観光客に仕立ててきたか、その数字は隠れた統計数になっていると思われます。

  それで思いついたことがありました。

  「観光客」は存在しない――。

  ところで、西山先生のシンポジウムでの講演はとても興味深いものでした。企業とNPOの協働による社会貢献事業が求められている現代社会で、協働を成功させるキーポイントは「ノットワーキング」だと言います。

  「ノット」は「結び目knot」のことです。何かの事業で連携を成功させるには、即興的に関係を作ったり、壊したり、作り直したりする人の「結び目」が大事になる、という考え方でした。お互いに同じモノを共有しているという意識を持ちながらも、現場での具体的な解釈ではお互いに異なっていてもいい。大まかなところで一致していればいい。そして、お互いに「先読みをする、手の内を見せ合う」という作業をすることで円滑な連携が生み出されると。

  この講演を聞いて思ったのですが、人が街で交流し合うのも同じです。何かの交流を成功させるには、即興的に関係を作ったり、壊したり、作り直したりする人の「結び目」が大事になる。

  さて、「観光客」という人々が県外のどこかに存在しているわけではなくて、みんな何かのご縁に導かれて盛岡にやって来ます。その方たちが「観光客」と呼ばれる。

  「観光客」というものは、どこにも存在しないのです。

  「観光客」が存在しないのですから、「観光客」に来てもらおうとしても、それは難しい作業になります。いない人をターゲットにすることは困難だからです。

  ならば、「観光都市・盛岡」は、何をターゲットにするべきか?

  そうです。人のつながりを結びつける「結び目」になる人たちが、誰か特定の知り合いを呼び寄せる、そういう動き(ムーブメント)こそ、大事にすることです。

  伝わっていますか?

  たとえば、イワクラ(磐座)学会という集まりがあります。毎年、各地で学会のイベントや研究会を開催しています。各県の巨石遺構のフィールドワークの研究成果を交流し合っています。学会の会長は、お隣の秋田県角館出身の建築家・渡辺豊和先生です。盛岡には巨石遺構がたくさんあります。巨石遺構に興味がある人を通じてイワクラ学会のイベントを盛岡で仕掛けるのです。

  景気が少々思わしくなくても、人は大事な用事にはお金を使います。

  「観光客」とは、大事な用事で来た人の、結果としての統計上の表現なんです。

  観光客なんて、初めからどこにも存在しません。

  人は別れてから初めて知ります。あの方が大事な人であったことを。

  街は来訪者が去ってから初めて知ります。あの方が観光客であったことを。

(行政書士)

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