2009年 3月 18日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉116 伊藤幸子 「彼岸の入り」

毎年よ彼岸の入りに寒いのは
  正岡子規
 
  毎年春彼岸がくると口ずさみ、広く親しまれている名句。「暑さ寒さも彼岸までというけど、彼岸の入りはいつも寒いねえ」「そうそう、毎年よ、彼岸の入りに寒いのは」こんな会話を交わしているのは、東京市根岸の正岡子規の家。明治26年3月、子規の妹と母堂方との会話。その母堂の言葉をそのまま俳句に仕立てたとして有名な話である。

  ことしは3月17日が彼岸入り。その前に墓前の雪かきに出かけた。例年より消えるのも早く、黒土が見えるところもある。花筒の雪を取り除き、墓回りを清めていると、カタカタと卒塔婆を打つ風の音が聞こえてくる。雪の墓地は空気の層が薄いようで、ひとりでいると木々の葉ずれやさまざまなもの音が響く。

  先月は親せきにお弔(とむら)いがあった。このところ「おくりびと」や「悼(いた)む人」が話題だが、わたしはどちらも見ていない。小さなころから「死」はどんな人にも逃れ得ないこととして見て育ち、悼み、送ってきた。数限りないしきたりも、今はだいぶ簡素化されてきたとはいえ、先夜も念仏回向が行われた。これは葬式からひとなのかまで、座敷いっぱい大数珠(じゅず)を回して、2人の太夫さんの先導に続き、集まった30人ぐらいで5番までの章を節(ふし)をつけて唱えるものである。

  「南無釈迦牟尼仏なむあみだ」と、太夫さんが発声、続いて全員が唱和し、20回。さらに阿弥陀仏、十王、地蔵尊、無縁法界と、順々に祈り上げる。子供時分に刷り込まれた文言はあせることなく、昔は「南無大慈大悲の地蔵菩薩なむあみだ」のところが何とも苦痛だったが、今は「南無地蔵尊なむあみだ」とあっさり短縮された。それも若い人たちには「南無地蔵サン」との声も聞こえて違和感が残る。

  人生の通過儀礼、ブライダル産業はもとより、今生のフィナーレまで企業の手で演出される世の中になった。だからこそ、ひたすらに生をことほぎ、死を嘆いて集い、口伝(くでん)のままに経をあげ、念仏を唱えて送るしきたりが、この上なく尊いものに思えてならない。やがて西方浄土よりさわさわと吹きくる涅槃西風(ねはんにし)が本格的な春をもたらすことだろう。

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