2009年 3月 21日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〉100 岡澤敏男 詩篇「疾中」は〈死者の書〉

 ■詩篇「疾中」は〈死者の書〉

  恐ろしい迫力をもつ詩篇「疾中」30篇の詩群が、うすきみ悪くデーモンの声をあげている。

  だめでせう
  とまりませんな
  がぶがぶ沸いてゐるです
  からな
  ゆふべからねむらず血も
  出つづけなもんですから
  そこらは青くしんしんと
  して
  どうもまもなく死にさう
  です

  と「眼にていふ」の詩が巻頭にある。「疾中」の詩篇は「死」と向き合った「死者の書」といってよいのでしょう。この詩篇には死に臨んだ賢治の道心がまたたいているのです。

  血をがぶがぶ出しつづけた胸は「いま青じろき板」となっておだやかに「億の呼吸」をしている。そんな苦笑いが「うららけき春のいぶき」〔わが胸はいま青じろき〕の詩篇にみえる、夜毎に襲う高熱に千々に思いが散乱し「そのかみの菩薩」に「わが心相よ…しづかにやすらへ」と祈らずにいられない賢治。

  すると枕許のコップの水に光がさし、さては「わがために/血もてつぐなひ」喉の渇きを癒してくれた菩薩の水だったかと「熱またあり」〔そのうす青き玻璃の器に〕に謳う祈りの詩篇。「あゝ今日ここに果てんとや/燃ゆるねがひはありながら/外のわざにのみまぎらはし/十年はつひに過ぎにけり」と懺悔する〔あゝ今日ここに果てんとは〕の詩篇。また熱湯地獄の獄卒を賢治は睨み返して謳う〔丁丁丁丁丁〕の詩篇。

        丁丁丁丁丁
        丁丁丁丁丁
  叩きつけられてゐる 丁
  叩きつけられてゐる 丁
  藻でまっくらな 丁丁丁
  塩の海   丁丁丁丁丁
    熱   丁丁丁丁丁
    熱 熱   丁丁丁
     ……
  ゲニイめたうとう本音を
  だした
  やってみろ   丁丁丁
  きさまなんかにまけるか
  よ
(以下略)

 
  しかし〔その恐ろしい黒雲が〕の詩篇で、まっ黒い雨雲が「またわたくしをとらうと来れば/わたくしは切なく熱くひとりもだへる」姿がある。それはかつて「あの雨雲と婚する」と、なかばは戯れに思ったことへの自責でした。その黒雲は霙(みぞれ)をともなった風に化身して「約束通り結婚しろ」と迫る〔風はおもてで呼んでゐる〕の詩篇は、若い日に山野の自然に交感し「青い山河をさながらに/じぶんじしんと考へた」ほんとうの心情表白だったのではないのか。
 
  たけにぐさに
  風が吹いてゐるといふこ
  とである
 
  この「疾風」冒頭にある「病床」2行は、異界で風と結婚し風となったた賢治が「たけにぐさ」に「吹いてゐるといふことである」と謳ってるのでしょう。そして〔眠らう眠らうとあせりながら〕の詩篇のなかの〈セピアいろした大沢坂峠〉とは、病床の夢に現れた鎮魂の風景だったと思われてなりません。

 ■詩篇〔風はおもてで呼んでゐる〕
             (「疾中」より)

風がおもてで呼んでゐる
「さあ起きて
赤いシャツと
いつものぼろぼろの外套を着て
早くおもてへ出て来るんだ」と
風が交々叫んでゐる
「おれたちはみな
おまへの出るのを迎へるために
おまへのすきなみぞれ粒を
横ぞっぽうに飛ばしてゐる
おまへも早く飛びだして来て
あすこの稜ある巌の上
葉のない黒い林のなかで
うつくしいソプラノをもった
おれたちのなかのひとりと
「約束通り結婚しろ」と
繰り返し繰り返し
風がおもてで叫んでゐる


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