2009年 3月 24日 (火)

       

■ 〈啄木の短歌、賢治の短歌〉141 望月善次 「涙の不可思議さ」

 【啄木の短歌】

  なみだなみだ
  不思議なるかな
  それをもて洗へば心戯けたくなれり

          〔『一握の砂』25〕

  〔現代語訳〕涙よ、涙、これは本当に不思議なものです。それで洗ったので、心は戯(おど)けたくなったのです。
 
  【賢治の短歌】

  なきやみし
  鳥をもとめて泪しぬ
  木々はみだれて葉裏をしらみ。

     〔「歌稿〔B〕」500〕

  〔現代語訳〕泣き止んだ鳥を探して涙を流しました。木々は(風によって)乱れて葉裏が白いのです。

  〔評釈〕「なみだ」の11回として「涙の不思議さ」を取り上げたい。なお、「なみだ」の表記は、啄木作品においては平仮名表記で「なみだ」、賢治作品においては「泪」となっている。和語としての「なみだ」(万葉後期以前は「ナミタ」)は、朝鮮語からの影響説〔『岩波古語辞典』〕もあるが確定までには至っていない。漢字としては、「涙」は「水+戻(本来あったところに再び帰る)」で「とめどなく流れるもの」の意、また「泪」はその異体字。啄木歌は、「涙の不思議さ」を作品化したもの。涙を流したら、心の内に溜まっていたものが流され、その結果として、更に進んで戯けたくなったという機微を扱おうとしたもの。ただし、少し、理知的に分析し過ぎたところもあり、悲しい心が戯けと直結する面についてはあえて無視したところもある。賢治歌は、鳥と泪の関係が必ずしもはっきりしないが、鳥を探す前に、既に泣きたくなっている話者がいるというのが評者の見解。

(盛岡大学長)

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします