2009年 3月 31日 (火)

       

■ 〈四季逍遥〉最終回 下斗米八郎 バアバの富士山

     
   
     
  「いまママと、1年生ごっこしているの」

  「バアバの富士山、まだ雪ありますか」

  もうすぐ、小学校に入学する孫から携帯にテレビ電話がかかってきた。

  背広姿にランドセルを背負い、にこにこしている。学帽の上に何か変なものがかぶさっている。地震災害予防のずきんだという。戦時中の防空ずきんを思い出した。と同時に、息子が小学校に入った前後のことが懐かしく脳裏をかけめぐった。

  岩手山は、盛岡の町のどこからでも見える山だ。荘厳豪快、あるときは静かにやさしく、神々しい。

  盛岡で生まれ育った者には、しばらく岩手山を見ないでいると覇気が薄れ、元気がなくなるという。盛岡人には、岩手山の生気のようなものが乗り移っているのかもしれない。

  「あっ、富士山だ」

  物心がついてから初めて岩手山を見た孫が、岩手山を富士山だといってなかなか譲らなかった。孫の住む東京のマンションの窓から富士山が見える。また、休日に鎌倉や河口湖に遊びに行ったときに見た、富士山に似ていたのだろう。

  夏休みに来たときは、ジイジの大きな麦わら帽子をかぶり、捕虫網をかざしてトンボやチョウを捕まえるのに夢中になっていた。松尾の県民の森では、トノサマバッタを追いかけ岩手が好きになったようだ。

  そして孫は、大好きなパパのママ、すなわちバアバの住む町の岩手山を、「バアバの富士山」と呼ぶようになった。

  「バアバの富士山の頂上に、いまワシの雪形が現れているよ。西根の方にまわると、天に昇る大きなコイの形をした雪が残っているよ」

  「ふうん、おれさァ、バアバの富士山に登れるかな」

  このごろ孫は、「おれさァ」などと大人びた言葉を口にする。

  雨が晴れた後の岩手山は、また雪が降ったのか山肌が真っ白になっていたりするが、もう山ろくの樹林帯の色が変わってきている。まもなく、コブシの花も咲くだろう。

  わたしは、小鳥の大合唱を聞くために裏岩手山ろくの山小屋に出かける。

  カラマツやシラカバの新葉や春紅葉は、目の覚めるように鮮やかだ。林床には、白や紫色のキクザキイチゲが咲き広がり、アカハラ、ウグイス、シジュウカラ、ゴシュウカラ、コガラなどがさえずる。

  いつかこの季節に、孫を山ろくの山小屋に泊めて、まわりを一緒に歩き回りたい。

  「おいでよ竜也、もう小学生だ。一人でも来れるだろう」

  「おれさァ」孫はしばらく考え込んだ。

  テレビ電話を閉じて間もなく、遠くからハクチョウの声がして庭に出てみると、青い空の高みをハクチョウの大群が帰って行く。一群、二群と続き、百数十羽もあろうか。横一列に棹(さお)をなし、逆V字型に隊形を変えながら岩手山をそびらに北を指して飛んでいく。やがて白い鳥影が縮まり、漣(さざなみ)のごとく山間に消えていった。

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