2009年 4月 1日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉118 伊藤幸子 「四月一日」

木馬ほか天地の廻る四月馬鹿
  石原八束
 
  四月馬鹿、とはヨーロッパ起源の風習で、日本には大正年間に伝わったといわれる。詩歌では「エープリルフール」は7音として収めたり「万愚節」とも詠まれる。また、ものの本によると「四月一日(わたぬき)」さんという珍しい姓もある。冬の間綿入れの着物を着ていて4月ともなれば綿をぬいて袷(あわせ)にし、さらに夏には裏地のない単衣(ひとえ)にする習慣からという。

  この、うそをついてもいい日というのは、昔はあまりなじみがなかったように思う。しかし剽軽なうそで人をかつぎ、座をわきたたせるなら許されもするが、このごろはふりこめ詐欺やら「なりすまし」など油断がならない。

  そしてわたしは、このすさまじい「なりすまし」大河小説を読んだばかり。もっとも歴史上、武田信玄も、かの「篤姫」に登場した皇女和の宮も、替え玉説がくり返し語られたものだった。

  しかし、時は明治17年、維新の余波のまだ続く日本の近代化の幕明けのころ、アメリカに向けて出航するシティ・オブ・ペキン号の船上からこの物語が始まる。玉岡かおる著「天涯の船」である。

  「若様、今日からこの娘が『三佐緒』でございます」と、しきりに妹を探す兄に平然と答える乳母のお勝。本物のひいさまはすでに言い交わした男がおり、それを引き裂いて米国留学に出した殿の下命をあわれんで、にわかに乗船のどさくさにまぎれて、小間使いのまだ12歳の少女とすり替えたのである。

  19世紀の終わりに命の灯もたえだえに海を渡ったミサオその人を、あたかも実在の女性かと世界の表舞台での晴れ姿を見つめ胸が躍った。

  モデルは川崎造船所(現・川崎重工業)の初代社長松方幸次郎。そこに米国留学の同士ミサオとの愛の絵巻が展開されると読者はわくわくしてページをめくる。折しも第一次世界大戦のヨーロッパの状況が活写され、ロンドン、パリ、ウィーンをはじめ芸術の都を生き生きとゆき交うヒロインたち。作者の想像力によって、命を吹き込まれたミサオの航路。決して身替わりなどでない、切なく壮大な生き方に心が震えた。虚か実か、限りない夢を支えに、まさに天地の廻る心地がした。

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