2009年 4月 4日 (土)

       

■ 〈啄木の短歌、賢治の短歌〉146 望月善次 中等教育と高等教育

 【啄木の短歌】

  盛岡の中学校の
  露台(バルコン)の
  欄干(てすり)に最一度(もいちど) 我を倚らしめ〔『一握の砂』172〕
 
  【賢治の短歌】

  日下りの
  化学の室の十二人
  イレキを
  ○○帯びし白金の雲
  〔「歌稿〔B〕」38〕〔「大正五年三月より」〕
 
  〔評釈〕啄木と賢治の対照的なことの一つに、最終学校がある。啄木が旧制中学校退学、賢治が高等農林学校卒業であることも、二人の世界を考える上で、無視できないことの一つ。なぜならば、日本の学校制度は、初等・中等教育と高等教育とは異なったパラダイムによって成立しているからである。(旧制中学校は中等教育で、高等農林学校は高等教育となる)卑俗な例を挙げれば、前者では酒を飲むと処分を受け、後者では、飲まない者は言い訳の一つも強いられるのである。両者の根底にある考えは、それほど違うのである。啄木は、いわゆる学歴コンプレックスが少なく、当時の最高学府を出た友人たちとも、まったく五分に付き合っているが、学園生活体験の有無はいかんともし難い。中学校が回想学校の舞台となるのである。(このバルコンには、後年賢治も友人の保坂嘉内とも訪れている)賢治作品は、専門の農学部二部の化学実験室のこと。異稿にも及びたいが既に余裕がない。
  (盛岡大学長)


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