2009年 4月 7日 (火)

       

■ 〈啄木の短歌、賢治の短歌〉最終回 望月善次 プロとアマチュア

 【啄木の短歌】

  呼吸(いき)すれば、
  胸の中にて鳴る音あり。
   凩よりもさびしきその音!

      〔『悲しき玩具』1〕

  〔現代語訳〕呼吸をすると、胸の中で鳴る音があります。(結核だと思われるこの音は)凩(こがらし)よりも寂しい音です。
 
  【賢治の短歌】

  み裾野は雲低く垂れすゞらんの白き花
  さきはなち駒あり

  〔「歌稿〔A〕」1〕「明治四十四年一月より」〕

  〔現代語訳〕(岩手山の)裾野は、雲が低く垂れ、鈴蘭の白い花が咲いて、放たれた馬がおります。
 
  〔評釈〕一年間の「啄木の短歌、賢治の短歌」も、今日で最終回となる。最後に、外面的には、啄木は「プロの文学者」、賢治は「アマチュアの文学者」であったことに言及したい。抽出歌としては、啄木の方は、第二歌集『悲しき玩具』の冒頭歌を、賢治の方は、「歌稿〔A〕」の冒頭歌を取り上げておいた。さすがに、この抽出歌のみから、両者のプロ性、アマチュア性を断定するのには無理があることは、率直に認めておきたいと思う。啄木は、時代が早すぎたとは言え、原稿料を取ることを目指した「プロの作家」であった。二冊の歌集は、堂々と原稿料をもらっている。賢治の方は、生前の原稿料は唯一度のみ。原稿を最後まで手元において修正したのもアマチュア性の傍証。しかし、歴史は、本人達の意図を越えて展開するから面白い。四月からは、「宮澤賢治の周辺(その一)」として友人保坂嘉内の短歌についての評釈を行うことにする。引き続いて御愛読いただければ幸いである。

(盛岡大学長)

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