2009年 4月 8日 (水)

       

■ 〈都市の鼓動〜リレーコラム〉36 鷹觜紅子 移りゆく時代に残したいもの

     
   
     
  私は、盛岡市内で設計事務所を営んでいる。

  その男性が訪ねてきたのは、ちょうど1年位前のことである。若い夫婦の住む家を、母屋に隣接して建てたいと言うことであった。私は日にちと時間を約束してその場所を見に行った。

  そこには先代が建てた、マンサードの農業用の倉庫があった。先代は大工さんだったそうである。それを壊して、その位置に新しい家を建てたいと言うことである。

  下屋を支えている曲がりくねった梁(はり)。今では、なかなか手に入らない太くて長い梁。そして、庇を受ける肘木の代わりに使われていた手造りの鉄細工の金物。

  このごろマンサードの建物も姿を消し始め、このまま解体するのも忍びない話である。そう思っていた時、一緒に行った木のコーディネーターが、この建物は、クリとエンジュを使った建物だと言い出した。私には長い年月を経て黒くて汚れた木材にしか見えなかったが、専門家の目には、宝石のように写ったらしい。

  この建物が建てられた時代は、家の近隣にある木を伐って建物を建てていたということである。エンジュはなかなか径が大きくならないけれども、丈夫なので使われたのであろうということだった。

  私は、先代が建てたこの建物の木材を使って新しい家を建てようと思った。

  テーマは、田舎の生活が楽しくなる家。そして木のコーディネーターから、昔からエンジュ・桑・ホウの木を使った家は縁起がいいとされている。それは、「家中果報」いえじゅうかほう(ちょっとなまって言えばその様な発音になる)ということで、サブテーマは3種の木を用いた果報のある家。そして最初にこの地に家を建てた時のように、その場所から見渡すことの出来る範囲にある山の木をたくさん使って家を建てようと思った。

  今、何故、地域の木材を使って建物を建てるのか?私は10年以上そのような家づくりをしている。その中で私が感じ、思っているのは、その家で生活する人と同じ空気を吸って、同じ水を飲んで育った木を使うのが、人にも建物にも一番優しいのではないかということである。

  そうこうしているうちに、家が完成した。下屋に使われていた曲がりくねったエンジュの梁は、また新しい下屋の梁として使われ、太くて長い梁も下屋の桁(けた)として使われ、クリの根太は、外の面格子として再利用した。

  新しい建物と一緒に、先代の心が少しでも残ったのではないかと信じている。

  私たちの仕事は、古い建物を壊して新しい建物をただ建てて行くだけではなく、そこに生きていた人々の歴史もどこかに残していかなければならないと思っている。私はこれからも、いろいろなものを守って行きたい。

(設計事務所社長)

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