2009年 4月 14日 (火)

       

■ 〈夜空に夢見る星めぐり〉230 八木淳一郎 ガリレオの贈り物(その7)

 1609年、ガリレオは人類史上初めて月に望遠鏡を向けてみました。そして誰も想像さえできなかった、クレーターや山脈、山、谷、あるいは海と呼ばれる黒っぽい平地など、月の変化に富んだ地形を発見したのでした。

  ガリレオは、続いて星空の様々な場所にレンズを向けてみました。しかし、普通の星(恒星)は望遠鏡の倍率を高くしても月のように面積をもって円く見えはしませんでした。肉眼では、ことにも明るい星は、星の形が五角形であらわされるように、光のにじみがみられます。けれどもガリレオは、望遠鏡のレンズを通してみると星の光がにじむことなく点であることを発見しました。そしてさらに、暗い星もまるで肉眼で1等星を見るように明るく見えましたし、オリオン座の一角にレンズを向けてみると、肉眼では何もないような所にも沢山の星が光っていることがわかりました。その上、おうし座のプレアデス星団(すばる)は肉眼では6個の星が集まっているに過ぎないのに、望遠鏡では40個近い星の集団であることがわかりました。同じようにかに座のプレセぺ星団も沢山の星から成っていることを発見しました。さらにガリレオは天の川に望遠鏡を向けてみました。天の川のミルクのような白くボーッとした光の帯の正体は、それまで誰にもわかっていませんでした。星雲と呼ばれるものについても、当時は太陽や他の明るい星の光を受けて光っているものと思われていました。ガリレオは望遠鏡の視野の中でたくさんの星々が明滅している姿を目にし、天の川の正体は無数の星が重なり合うようにぎっしりと集まって輝いているものなのだと確信したのです。そして、星雲もきっと同じように多くの星から出来ているに違いないと考えました。

  ところで、盛岡の町中でもかつては天の川を普通に見ることができました。最近では、空が澄み渡り月明かりも無い晩で、ビルや大型ショッピングセンターなどが消灯する夜半ごろであれば、町の中心部でも天の川の淡い光芒がみられることが稀にあります。ガリレオの時代は人工の光など邪魔するものがありませんから、世界中どこでも人々はさぞかし美しい星空と迫力ある天の川の姿を見たことでしょう。人類は鉱工業と都市の発展によって星空や自然の何割かを失うことになりました。しかし現代では代わりに、科学技術の進歩により高性能で大口径の望遠鏡を手にすることができるようになりました。盛岡の子供たちにもこれによって早く星空を取り戻してあげたいものです。

(盛岡天文同好会会員)

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