2009年 4月 18日 (土)

       

■ 〈古都の鐘〉33 鈴木理恵 四十の手習い

     
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  四十の手習い、一念発起して自動車教習所に通い始めた。もともと機械には疎いほう、加えて、理論の授業もまずドイツ語を理解するのに一苦労である。

  今まで何の気なしに人様の運転で乗ってきた車だけれど、こんなに大変なものだとは思わなかった。一度に実に多くのことを知覚反応し行わなければならないと、恥ずかしながら初めて知った次第である。免許取得への道のりは平坦ではなさそうだけれど、もし取れたら自分にとって励みになり自信になると思う。

  それにちなんで最近よくニコルさんという女性のことを思う。年は40代後半、10歳になる男の子がいる。1年半程前、ピアノを習いたいと電話がかかってきた。

  「息子には少しでもピアノを弾けるようになってほしいんですけど、強制ではなくて自発的に言ってもらいたいんです。それにはまず私が習って、家庭の中に音楽を持ち込んで、その姿を見たら、息子もひょっとして興味を持ってくれるでしょう?」

  今までにピアノを弾いたことは全くないそう。

  「音楽は聴くのは大好きだけど、自分ではできないからずっとコンプレックスを持っていました。もう年もいっているから、今この機会を逃したら、もう一生ピアノに取り組むチャンスも勇気もないかなと思って…」

  それは全くゼロからのスタートだった。譜も読めないし、ドの次がレということもおぼつかない。リズムの観念も乏しい。彼女自身、予想以上に簡単ではなく、努力が必要だと感じたようである。主婦業に加え、子供の学校への送り迎え、PTA活動にも忙しい。ご主人の仕事の関係で社交も多いから、コンスタントにピアノに向かうこともままならぬ様子であった。

  「ピアノって大変なのね。こんなに集中力が必要だなんて。ピアノを弾いている人はみんな、さらりと何でもないって風に弾くのにね…」

  目で楽譜を追い、音を読み、決められた通りに指を動かす。動かす場所も決まっている。耳でそれが合っているか確認する。一度にこれだけのことを瞬時にしなければならないのである。悲しいかな、反射神経の衰えた大人は誰しも、子供と同じようにすばやくとはいかないのである。ニコルさんも両目をいっぱいに見開いて格闘している。1時間のレッスンの後はぐったりの様子である。

  そんな彼女を見ていて、わたしは感動を覚える。考えてみてほしい。目を見開いて何かに取り組むということが、全器官、全神経をフルに使って何かをするということが、われわれ大人になってから果たしてあるだろうか?気取りや勇気の欠如が邪魔をして、やりすごすことのほうが多いのではないか?

  ある時、第九のメロディーを簡単にアレンジしたものを教材にした。「両親の前で、ベートーベンを弾いて聞かせたのよ。そしたら、お前ピアノが弾けるのかってびっくりしてたわ!」

  それでもこの1年半、道のりは険しかった。あまりの険しさにやっても無駄だろうか、という思いが何度も彼女の心をよぎったようである。

  初めての発表会は、当日になってキャンセルしたいと電話がかかってきた。「だめ、主人は恥をかくだけだからやめておけと言うし、いくら練習してもどこか間違えるし…」間違えるけれど、彼女なりに十分に準備してきた発表会である。ここでやめたらピアノから遠ざかってしまうと思い、なだめすかし来させる。直前になってやめてもいいから、まず見に来て!フレンドリーな会だから心配しないで!息子さんも連れてきてほかの子の弾くのを見せてあげて!

  本番、彼女の姿は列席した大人たちにも感動を与えた。わたしもやってみたいという声が親御さんからあがった。息子のジュリアンも得意気だった。ぼくもピアノ始めるよ!

  2度目の発表会、彼女は息子と大好きな曲「Put your head on my shoulder」を弾いた。今度はご主人も来てくれて、彼女もうれしそうだった。「理恵、あなたの忍耐に感謝します」そう言って照れくさそうに笑った。

  今ではメロディーと簡単な伴奏の曲を弾けるようになったニコルさん、息子のピアノも上達し、ママ、そこ違うよ!と教える程である。うれしそうな様子を見ると、あきらめないでやっていてよかったと、こちらも胸が熱くなる。忍耐こそがすべてである、ベートーベンの言葉を思い出す。わたしもがんばらなくちゃと思う。
(ウイーン在住、ピアニスト)

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