2009年 4月 18日 (土)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉5 望月善次 歌麿のやさし男の

 歌麿のやさし男の打ちかづく絹頬冠り
  あむしくもあるか
 
  〔現代語訳〕(喜多川)歌麿の(浮世絵の)優男が被っている絹の頬被りは、ちょっと不思議な魅力がありますね。

  〔評釈〕「春日哀愁篇」十七首〔『アザリア』第1号〕の四首め。「やさし男」は、いわゆる「優男(やさおとこ)」のこと。「風流を解する男」、「柔弱な男」、「風姿の優美な男」等の意味があるのだが〔『広辞苑』〕、「風姿の優美な男」を採りたい。結句「あむしくもあるか」は、手元にあるコピー(厳密に言えば、コピーのそのまたコピー)では、読み切れず、『新校本宮澤賢治全集』に従っておいたが、「現代語訳」においては、ひとまず、「あやしくもあるか」だとするものを採っておいた。嘉内が実際に見た(あるいは思い描いた)歌麿作品がどれであるかは、抽出歌の範囲では特定し難いが、いずれにしても、歌舞伎から浮世絵に及ぶ嘉内の関心の広さは指摘できるだろう。作品的には、結句「(あやしくも)あるか」によって一首を纏(まと)めるもの。こうした構成の場合、それ以前に置く素材がどれほど読者の共感を呼ぶかが、一首の成否を左右することになる。その点、詰めがもう一歩の感は否めない。
(盛岡大学長)

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