2009年 4月 21日 (火)

       

■ 〈風のささやき〉重石晃子 一筋の毛糸

     
   
     
  私の友人に編み物のプロがいる。高校の同級生だからフメちゃんなどとチャン付け呼ばわりをしているが、彼女はとんでもない大物である。かつて手編み協会岩手支部長を務めた経歴があって、たくさんの優秀なお弟子を育てていた時期があった。でもそれが彼女の指導者として優秀さを証明したとしても、すごさではない。無造作にひょいと編んでくれるセーターの中に、ただただ感心してしまう天性の色感や編み方がすごいのだ。

  私は長い間岩手を留守にしていたので、彼女がどんな仕事をしていたのか全く知らずにいた。50年ぶりに盛岡に住むことになった私は、彼女の編んだセーターを着て驚いてしまったのだ。

  話は変わるが、私たちは高等女学校の最後の入学生で学制改革の真っただ中を同じ校舎に6年も通った口である。先生方にしても、昨日までの軍国主義とは打って変わり民主主義を説かねばならず、さぞ大変なことであったろうと今にして思う。

  そうした学校の中で私たちは伸び伸びと自由とも勝手ともいえる高校生活を送った。誠に古い話だが、私たちにとっては人生のスタート時点、40〜50年は昨日のことである。フメさんとはクラスも美術部でも一緒だった。私は平凡な絵を描いていたがフメさんは違っていた。当時から構成的な画面を作り、いかにすればこんな色を使えるのか感心させる色使いだった。どこか大人びて好き嫌いのはっきりしたお人でもある。今だって丸くなったとはいえ、白か黒かはっきりさせたいフメさんである。彼女が編み物を始めた動機が何であったのか知らないが、ともかく手編みの速さは抜群、どれだけたくさんの編み物をしたか修練を積んだか知れない。毛糸の色は絵の具と同じで編む人の感性がそのままに表現される。一筋の違った色の毛糸を入れるか入れないかで編み物の表情ががらりと変わる。絵の世界も同じことだ。一筋の毛糸のあり様はその人の人生のあり様ではないだろうか。私には超えられないすごいお人である。

(画家)

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします