2009年 4月 22日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉121 伊藤幸子 「鳥語の季節」

 鳥語より聞こゆるものなし春の昼
三宮麻由子
 
  三宮麻由子さんの書かれたものを読み始めて何年になるだろう。「鳥は『神様の箸休め』だと思う。野鳥は愛を育むために歌を授けられ、歌うために生まれ、神にいちばん近い天の高みに上がることを許された唯一の生きもの。私にとって、鳥たちのメッセージを聞かせてもらうことで、空が本当にあることを確かめられた…」「鳥が教えてくれた空」より。

  たいていの書物の彼女の紹介文には「1966年東京都生まれ。4歳で病気のために視力を失う。上智大学フランス文学科卒業。同大学大学院博士前期課程修了。外資系通信社勤務のかたわらエッセー執筆、著書多数」とあり、略歴と並んでそれは美しく、理知的なポートレートが添えられる。幼少期から親しんだピアノで絶対音感が磨かれ、英語を教わった外人の先生には「見えないからこそ素晴らしいことが分かる」と深く諭された。

  小学低学年で、オプタコンという米国製の触読機を使い、楽符と漢字かな交じり文を習得。次にワープロ、パソコンに移行。やがて15歳でアメリカに留学。ユタ州の大自然に触れて、心身一層豊かに成長された。

  こんなにも生き生きと未知なるものに挑戦し習熟してゆくひたむきさ、時に俳句もものされる。ここでは「目が見えないのに」という論理は不要。晴眼者必ずしも清眼と限らず、濁ったレンズで世界の不明を見ている例は計り知れないのだと、自戒を込めて痛感する。

  それにしても多彩な才女の、落語の話がまた面白い。寄席に通って聴くだけでは飽きたらず、実際に所作のけいこに出掛けるくだりが「福耳落語」に描かれる。手拭いをたばこ入れに、扇子をキセルに見立てて一服の場面。おっと、それじゃ手のひらに熱い火種がこぼれるって、一同爆笑の渦。笑いっていいな。あれもこれも麻由子さん、実はみんなお見通しなんじゃないかしら。

  さてさて春はやっぱり鳥語の季節。うちの庭でも4月13日、うぐいすの初音を聞いた。わたしは鳥語は分からないけれど、初音の日だけは何年分も記録してささやかなわたしの歳時記としている。

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