2009年 7月 5日 (日)

       

■ 〈宮沢賢治の盛岡高農時代〉53 小川達雄 盛岡の地質調査11

    七、続々・沼森の夕暮

  正直にいうと、わたしは「沼森」など賢治の初期短編は苦手で、以前にはよくわからないことがあった。

  しかし、いまはまず、ごく当たり前のような文章をゆっくりたしかめて、どこか一ケ所を、しっかり押さえてみる。とくにその最初の部分を、賢治になったつもりで味わってみる。

  すると、だいたいわかってくるように思うのであるが、さて次の文は、どうであろうか。これは前回、沼や柏の葉を見かけた夕暮の情景からの続きである。

  「沼森がすぐ前に立ってゐる。やっぱり
  これも岩頚だ。どうせ石英安山岩、いや
  に響くなこいつめは。いやにカンカン云
  ひやがる。とにかくこれは石ケ森とは血
  統が非常に近いものなのだ。
   それはいゝがさ沼森めなぜ一体坊主な
  んぞになったのだ。えいぞっとする、気
  味の悪いやつだ。この草はな、この草は
  な、こぬかぐさ。風に吹かれて穂を出し
  て烟(ケム)って実に憐れに見えるぢゃ
  ないか。」

  この先頭では、「沼森」がヌッ、と目の前に立っている、という。それはまるで、生きているもののようである。これは地霊というか、坊主頭の沼森の気味悪さそのままと、賢治の対面であろう。

  すると賢治は、「これも岩頚だ。どうせ石英安山岩、」と、すぐに自分のふところに入れてしまう。「岩頚」というのは、賢治の言葉でいえば、「地殻から一寸(チョット)頚(クビ)を出した太い岩石の棒」(「楢の木大学士の野宿」)であって、賢治はよく遊んだ南昌山のことも、「岩頚」と呼んで親しんでいた。

  それが「カンカン云ひやがる」というのは、宮城一男氏によれば、それは「硅化作用」をうけた岩石の特徴の一つ、という。賢治はさりげなく、その岩石生成の秘密にふれたわけであるが、次には一転して、

  「えいぞっとする、気味の悪いやつだ」
  と云った。

  これは、そう云いつつも、もはや自分といっしょになってしまった、沼森への親愛を、逆に表現しているのであろう。

  というのは、まわりの「こぬかぐさ」であるが、これはじつにさびしい、賢治が愛した野の草であった。

  こぬかぐさうつぼぐさかもおしなべて
  かぼそきその実 風に吹かるゝ

  これは中学四年頃の歌のあいだに記された歌であるが、小さなその実といっしょに、賢治はさびしく風に吹かれていた。

  賢治はこの野の草とともに、いまや仲間となった沼森に対していたのであろう。

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