2009年 7月 10日 (金)

       

■ 〈風のささやき〉5 重石晃子 タケノコ採り

     
   
     
  6月に入って間もなく、タケノコ採りに誘われた。早朝、友人夫妻の車に3人の女性が同乗し総勢5人、おしゃべりもにぎやかに出発した。どこに行くのかあなた任せ、後部座席からのんびり窓外の風景を楽しむ。曇り空だったが、それはそれで新緑の明るさが引き立ち、心地良く感じられた。

  物を知らないとはこのことか、と後で思ったが、ささやぶの奥に姫筍(ひめたけ)があることを私は知らなかったのである。子供のころから姫筍を食べていたのに、タケノコ取りは初めての経験だった。タケノコというイメージは「孟宗竹の小さいもの」と漠然としたものだったし、だいたい、孟宗竹の北限がどこなのかも知らない、関心がなかったのだ。車中、同行の皆に笑いものにされながら、それでも姫筍の親はササであると認識した。

  車は安比高原まで行き、そこからいよいよ姫筍取りがはじまった。長靴を履き、汚れてもかまわないブラウスを着て、友人は持って来たラジオを最大限に響かせた。たちまち高原にカンツオーネの素晴らしい声が響き渡る。ラジオをかけるのは、出口の位置を知らせることと、クマよけのためだとのことであった。

  実際にささやぶに入って見ると、身長よりはるかに高くササは生い茂り、根っこは複雑に入り組んでいる。なるほどこれではかがみ込んでタケノコを取っている間に、方向感覚を失うだろう。何度も足を取られて尻もちをついたが、タケノコは次々に面白く見つかった。立ち上がって見ると、頭上もササで被われて、灰色の空がかすかに見える。ラジオの音を手掛かりにささやぶから出て見ると、自分で見当を付けていた所よりもはるか違った場所に立っていることに驚く。自分の耳も信用できないと思った。

  さすがベテランの友人は私の3倍の収穫が袋の中にあった。昼食のおにぎりをほおばり、小鳥の声に耳を澄ませ胸いっぱいの山の空気を吸う。岩手に住む最高の幸せである。帰宅してからまた大変、収穫したタケノコのおかげで翌日まで台所に奮闘した。「楽あれば苦あり」か、私はタケノコの皮をむきながらため息をついたが、香り高いその味に大満足であった。

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