2009年 7月 11日 (土)

       

■ 〈宮沢賢治の盛岡高農時代〉54 小川達雄 盛岡の地質調査12

    七、新続・沼森の夕暮

  さてこれからあとは、賢治の「沼森」の文の最後である。

  これは前からの続きで、賢治と沼森との問答の次には、すぐ、わかりにくくなってしまう。しかし、とにかく読んでみよう。

  「なぜさうこっちをにらむのだ、うしろ
  から。
   何も悪いことしないぢゃないか。まだ
  にらむのか、勝手にしろ。
   柏はざらざら雲の波、早くも黄びかり
  うすあかり、その丘のいかりはわれも知
  りたれどさあらぬさまに草むしり行く、
  もう夕方だ、はて、この沼はまさか地図
  にもある筈だ。もしなかったら大へんぞ。
  全く別の世界だぞ、
   気を落ちつけて(黄のひかり)あるあ
  る、あるには有るがあの泥炭をつくった
  やつの甥か孫だぞ、黄のひかりうすあか
  り鳴れ鳴れかしは。」

  最初は、沼森と賢治のケンカである。賢治は沼森をすっかり人間扱いにして、勝手にしろ、と云った。もう知らんふりして、草をむしって歩いていた。

  ここのところ、それは歌になっていたから、賢治は沼森相手に、ポンポン云ったことが気持ちよかったのかもしれない。

  と、その時、賢治は小さな沼を見て驚く。

  (これがもし地図になかったら、オレは
  不思議な世界にいるのだぞ)

  夕暮れの光に、気を落ちつけて地図を見ると、あったあった、小さな沼が、ポチッと記されていた。しかし目の前の沼はなんとも浅く、晴天が続いたら消えてしまうのかもしれない。

  (これは泥炭が出来たむかしの大きな沼
  の縁続き、甥か孫のようなものだぞ)

  沼森が生きた相手なら、いま見ている沼も、むかしの沼とは甥、孫といった仲間どうし、ここはむかしからみんな、生きている仲間たちの大自然である。

  そこで賢治は よろこんで声をあげた。

  「黄のひかりうすあかり鳴れ鳴れかしは」

  これは柏の葉に呼びかけた、天地賛唱の声であるが、そこには、熱心な地質調査をしていた、賢治の素顔が出ていたのではないかと思う。

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