2009年 7月 12日 (日)

       

■ 〈鼓動の父からの手紙〉223 八重嶋勲 無事越年お互いにおめでたい

 ■293巻紙 明治41年12月16日付

宛 東京市麹町区飯田町四丁目三十一、
                日松館
発 岩手縣紫波郡彦部村
前畧数度照會スルモ何等回答ナキハ如何ナル理由ナルヤ、岩亀之返礼状ノ如キハ最モ面目ナキ次第ニ候、若シ草稿不出来モノトセハ原書至急返戻相成度候、
授業料納付セルヤ否ヤ、此状着次第一報スベシ、健康之如何同時ニ報導スベシ、余ハ後便ト申残ス、早々
   十二月十六日     野村長四郎
    野村長一殿
 
  【解説】「前略、数度照会したが何ら回答ないのはどうした理由か。

  岩亀前紫波郡長への返礼状については、もっとも面目がない次第だ。もし草稿ができないのであれば、岩亀前郡長の手紙を至急戻すようにせよ。

  授業料納付したかどうか、この手紙着き次第一報せよ。健康の如何も同時に知らせよ。余は後便に申し残す、早々」という内容。

  岩亀前紫波郡長への返礼状草稿を長一の力で書いて欲しいと願ったのが、例によっての梨の礫(つぶて)。正に、前の手紙の一節「如斯総テ緩慢ニテハ万事成功スル不能コトゝ明察致シ候」である。 

  ■294はがき 明治41年12月26日付

宛 東京市麹町区飯田町四丁目三十一、
                日松館
発 岩手紫波彦部村
前畧目下ノ健康ト納付金ヲ完了セシヤ、岩亀ノ手紙ト此状着次第送付スベシ、併セテ通学ト出欠ノ数報導スベシ
   十二月廿六日  大至急
 
  【解説】「前略、目下の健康と大学の授業料の納付完了したか。岩亀前紫波郡長の手紙とこのはがき着き次第送ること。併せて通学と出欠の数を知らせよ。12月26日 大至急」という内容。

  岩亀前紫波郡長の手紙の件は、明治41年10月14日付、はがきに「岩亀ノ手紙返書草稿(先キノ手紙ト同時ニ)至急送付セラレ度、」とあるから、その前に長一に、岩亀前郡長あて答礼状の文案を頼んだもののようである。もう2カ月以上も経過しているのである。父の焦りと怒りの気持が込められている。
 
  ■295はがき 明治42年1月2日付

宛 東京市麹町区飯田町四丁目三丁目
                 日松館
発 岩手縣紫波郡彦部村
無事越年ハ相互目出度事ニ候、岩日初号中学時代ノ記事アリ、本日送付セリ、宮川氏ト猪狩氏ヨリ年始状到着、直チニ当方ヨリ年賀状発送セリ、日松舘ヘ年始状差立度モ当戸主ノ名不明ノ為メ困リ居リ候、序ニ一報セラレタシ、岩亀ノ手紙此状着次第送付スベシ、早々
 
  【解説】「無事越年はお互いにめでたいことである。岩手日報初号に中学時代の記事があり、本日送付した。宮川慶吉氏と猪狩浩(箕人)氏から年始状がきたので、直ちに当方から年賀状を発送した。日松舘ヘ年始状を差立てたいと思ったが、当戸主の名前が不明で困っている。ついでに一報せよ。岩亀前郡長の手紙、このはがき着き次第送付せよ。早々」という内容。

  父が、しきりに要求しても、岩亀前郡長の手紙の件、まだ長一の腰が上がらないようである。

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