2009年 7月 15日 (水)

       

■ 〈都市の鼓動〜リレーコラム〉50 藁谷収 古い町並みと若い人の思い

わたしの勤務する大学で「造形表現の指導」という科目の授業を4月から行っている。美術科の学生対象で演習授業である。制作の根拠を机上ではなく、街を歩き新たな出会いの中で、制作イメージを膨らませていくことを求めている。

  課題としては盛岡の古い造形物、建物、神社仏閣を中心に調査し、残っていくもの、忘れ去られていくものに、自分なりの思いをはせレポートを提出。可能であれば自らの制作の糸口をたどってみてほしいというものである。

  4月から歩き始めたコースは、高松の池の神庭山にある横川省三の台座を見ながら、南部藩の菩提寺を下り、北山報恩寺にて横川省三像原型に度肝を抜かれる。

  そして、五百羅漢でマルコポーロ、フビライハンに謁見する。さんさ踊りの三石神社と、名前に引かれ遭遇したムカデ姫の墓。中津川の川縁を歩き、初めて立つ川の合流点。

  6月になって北上川を下り、明治橋から昔のにぎわいの惣門跡、鉈屋町と授業を進めて来た。今回の鉈屋町かいわいのキーワードは水と石である。どんな出会いが待っているか楽しみである。受講生秋田県能代市出身の2年生大山奥人君のレポートの一部を紹介します。

     
  鉈屋町界隈(撮影大山奥人)  
 
鉈屋町界隈(撮影大山奥人)
 
  ■鉈屋町かいわいのレポート=大山奥人(岩手大学教育学部芸術文化課程2年)

  盛岡市鉈屋町の特徴として、町家のもつ歴史的な風情が感じられる所である。

  町家における建築物の種類は様々で、豆腐屋やそば屋、いくつもの酒蔵に昔からの酒場、麹(こうじ)屋や鍛冶屋等があり、当時の雰囲気がそのまま残っていて町家ならではの暮らし文化が根付いているのがうかがえた。

  そのほかにも盛岡城の名残を感じさせる惣門跡や、昔からかいわいの人々に利用され続けてきた大慈清水、歴史的な建築物や文化的な営みを感じさせるものが多く、町家も含めて盛岡に根付いている先人たちの生活臭というものが感じられた。

  また鉈屋町において、「盛岡まち並み塾」という盛岡の歴史的生活環境、建築、そして地域に根ざした生活の知恵を学び、人々に伝承させる活動をしている団体があり、定期的なシンポジウムや訪問見学会の開催や、まちづくりの計画発案や作成、研究、盛岡町家における歴史的生活環境の啓蒙(けいもう)などを行っている。

  今、新たなるものが開発されて古いものの影が薄くなりゆく状況において、鉈屋町はその風潮をまるでかき消すかのように歴史的な風情を感じさせる町並みを残し、今も昔も変わらぬ生活環境を築いているのは、鉈屋町かいわいに住む人々がこの町並みを持続してきたことにほかならないのでは、と感じた。今回は鉈屋町のほかに大慈寺町近辺にも足を運び、町一帯の寺院群にも訪問した。

     
  黄檗宗大慈寺山門(撮影大山奥人)  
 
黄檗宗大慈寺山門(撮影大山奥人)
 
  このかいわい一帯はおおよそ10ものさまざまな寺院が立ち並んでおり、総理大臣の原敬、米内光政が奉られている大慈寺や円光寺、幽霊の絵がある永泉寺、彫刻作品のある祇陀寺など、多種多様である。

  また、今はなき宗龍寺には十六羅漢像が置かれており、現在は五智如来像を含め21体の石仏が羅漢公園に見守られているかのように設置されてある。この十六羅漢は4大飢饉(元禄、宝暦、天明、天保)における大凶作による餓死者への供養として建立された。

  総理大臣の墓や重要文化財が残されている寺院群のある町並みからは、前述したように鉈屋町や大慈寺町かいわいの風情や景観を作り上げていると感じた。例えば十六羅漢像が置かれてある場は公園で、いわゆる市民の憩いの場的存在に重要文化財の彫刻作品が置かれてあることは、その町の対象、シンボルとしてふさわしい。

  私事であるが、前回の調査で行った報恩寺の近辺も盛岡の寺院群ではあったが、鉈屋町近辺と中央通り近辺の違いからか、2つの寺院群では雰囲気の違いを感じた。盛岡の主要な発展を遂げている県庁付近に位置する名須川町と比較して、歴史的、文化的な町家がある鉈屋町近辺の寺院群は、その風情を壊すことがなく治まっている雰囲気があると思った。

  また、入り組んだ路地が多いことで報恩寺がある道路沿いの寺院群とは違った表情を持った寺院群であるとも感じた。

  【参照文献】「まちあるき〜盛岡」http://www2.koutaro.name/machi/morioka.htm

  「盛岡町屋と盛岡まち並み塾〜『コミュニティカフェ・cafeマイスター養成』プロジェクト」http://www.e-etown.com/project/report/morioka.html

  「盛岡まち並み塾」http://www.geocities.jp/moriokamatinamijuku/

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  このレポートに、50数年ここで暮らし続けて来たわたしとは、もちろん違った見方をもち、そして確かな分析力を感じる。これを機にさまざまな出会いと、悩みを抱えながら、どんな表現の提案が出てくるか期待したい。

  鉈屋町は水の町、2つの清水に時の流れに耐え残った空間が息づいている。今年も暑いお盆の夕暮れに、舟っこ流しの揺れる炎の季節がもうすぐである。
  (岩手大学教授)

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