2009年 7月 15日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉133 伊藤幸子 「運命の人」

 若きらに語り継がんと被爆せる老いの眼はあの夏の日を追う
  謝花秀子

  「現代万葉集」2008年版より。作者は沖縄の人。本集「戦争」の項目に「戦世(いくさゆ)」を詠む「島人(しまんちゅ)」の歌3首が掲載されている。わたしはこの「じやはな」さんの姓にひかれた。

  実はこの春はずっと、山崎豊子さんの「運命の人」を読み、6月30日、全4巻が完結した。かつて外務省機密漏えい事件と呼ばれ、知る権利が熱く叫ばれた時代を検証する軽トラック何台分もの資料を読破された上での作品である。文藝春秋連載中から愛読していたが、政治権力の固い話も実におもしろく読了した。

  折りも折、わたしはわが家の古新聞の山から驚くべき「特ダネ」を掘り出した。平成19年7月の朝日新聞「逆風満帆」で、元外務省アメリカ局長の吉野文六さんの記事である。35年たった今、「沖縄返還密約はあった」と初めて認めたのだ。小説では吉田孫六。昭和47年、3月27日、衆院予算委員会で、社会党の横路孝弘議員が外務省の秘密電信文のコピーを読み上げる。作中では弓成(ゆみなり)記者が社進党の横溝宏議員に渡した文書であり、それは外務省審議官付きの三木昭子事務官から入手したもの。小説でも最高のヤマ場であるが、「情を通じ」と起訴状に書かれて二人は警視庁に逮捕される。

  実在のこの元アメリカ局長は「とにかく私の仕事は、沖縄返還協定を国会で批准させること、それがすべてでした」と語る。弓成こと西山太吉記者は毎日新聞社を辞め、昭和53年に最高裁で有罪が確定した。「最初に結論ありき」の判決。密約文書はアメリカではすでに明らかになっているにもかかわらず 、政府は否定し続けている。

  こうして第4巻は、いきなり沖縄である。失意の弓成亮太は家族とも離れ、バナナ王と呼ばれた福岡の実家にも戻らず、54歳の今、南国の海辺でかつがつに生きている。この巻では沖縄戦の悲惨さや、米軍基地と地域住民との軋轢(あつれき)が生々しく描かれている。

  でも、やっと弓成が心を遊ばせる場ができた。読谷村(よみたんそん)のガラス工芸作家、謝花ミチとの出会いである。かつて死のふちを見た二人が、彼女の作った酒器で泡盛を飲む。「花に謝す」日々、ふつふつと高揚感がわいてくるようだ。



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