2009年 7月 18日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉117 岡澤敏男 羊飼いの三角なシャッポ

 ■羊飼いの三角なシャッポ

  童話「ポランの広場」(「ポラーノの広場」の初期形)の後段にガルという羊飼いが登場します。ガルはポランの広場の道に迷い困っているファゼロたちを救ってやります。それはファゼロたち(迷える羊)にカシオペイアと大熊座の明りをたよりに帰宅する方角を教える牧者(キリスト)のように描いているのです。賢治は聖書の中でキリストが「よき羊飼い」とされていることを知っていたからなのでしょう。

  羊を飼養する古代オリエントの文明地域では牡羊が神聖な動物として崇敬され、バビロニアで王に対する正規の称号が「人々の羊飼い」だったといわれている。それがキリストを「よき羊飼い」とよぶゆえんでもあったのです。賢治が羊の縮れ毛にキリスト教を暗喩したのは「よき羊飼い」(キリスト)の習合によるものと思われます。

  例えば「ダルゲ」(補遺詩篇U)という詩です。

  窓の向ふは雲が縮れて白
  く痛い
  ダルゲがすこしうごいた
  やうだ
  息を引くのは歌ふのだ
   西ぞらのちぢれ羊から
   おれの崇敬は照り返さ
   れ
 
  ダルゲとは保阪嘉内のことを指し、羊毛の縮れた形態を宗教的な雲として暗喩している。その「縮れ雲」に崇拝するキリスト教が反照されていると嘉内が歌っているのです。

  この詩は大正10年7月18日、上京中の賢治が上野図書館で嘉内と落ち合ったときの出来事を描いたもので、宗教論の相違から嘉内と決別した衝撃を生々しく描く短篇「図書館幻想」(大正10年11月)を原形としている。その翌年の5月に書かれた長篇詩「小岩井農場」は、〈わが一人の友〉嘉内との別離により生じた強迫観念から脱却をはかる歩行詩ですが、パート九の最終に「縮れ雲」の詩章がみられる。
 
  すべてさびしさと悲傷と
  を焚いて
  ひとは透明な軌道をすす
  む
  ラリックス ラリックス
  いよいよ青く
  雲はますます縮れてひか り
  わたくしはかつきりみち をまがる
 
  ここでは嘉内の「縮れ雲」がいかに反照しても、もはや「強迫観念」から解放されている賢治は、日蓮大聖人への道へ「かつきり」歩むことを表明しているのです。

  ところで、「ポランの広場」のガルはなぜ「三角な帽子」を被っていたのか。それは賢治が中学3年(明治44年)のとき遠足で訪れた小岩井農場で初めて接した羊の放牧で、その監視にあたる牧夫の「三角(のよう)な帽子」が反映していると思われます。

  かつて農場保存の古いアルバムに「三角な帽子」を被って牧羊を監視する牧夫の写真をたしかに見た記憶があるのです。

  当時の牧夫たちは雨避けのためみんな羅紗製の帽子を被っていたらしい。「小岩井農場」パート九の一節に「馬車が行く 馬はぬれて黒い/ひとはくるまに立つて行く」という詩章があるので、賢治は馬車鉄道の荷台の上に立つ御者の帽子をなんども見ていたのでしょう。

  別添写真の馬車鉄道の御者の帽子をみれば、賢治でなくとも「三角」ぽい形にみえるはずです。

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