2009年 7月 20日 (月)

       

■ 〈早池峰の12カ月〉2 丸山暁 陽光を浴びる僕の風景

     
   
     
  この時期、目が覚めると東の窓から朝の陽光が飛び込んでくる。夏至は過ぎたが、今ごろが1年のうち一番日の出が早い。僕がどんな早く起きても朝日の方が先に出る。まあ、僕の暮らしは朝日より早く起きる必要もないのだが。

  写真は、早朝、東の窓から見たわが家の菜園、隣の牧草地を借景とした、谷間の山の端までの風景である。もう17年間同じ窓から同じ場を見ているはずなのだが、自然の風景は僕を飽きさせることはない。

  風景とは面白いもので、人間の目を通して風景と認識しなければ風景にならない。もちろん、風景を構成する要素、大地や木々や草花山並みは、僕がこの世に生まれる前からあり、僕がこの世を去ってもあり続けるのだが、今あるこの写真の風景は、僕が今この一瞬を風景として見つめ、切り取ったから風景として存在するのである。もし、この一瞬の風景が、僕の目にとまらなかったら、うたかたのごとく宇宙の彼方に拡散してしまっていただろう。

  多分、鳥は空から、タヌキも彼らなりの目線で風景を見つめてはいるのだろうが、それを風景として認識しているかどうかは疑わしい。

  こう考えるのは、人間の思い上がりと動物愛護派や森羅万象を司る神におしかりを受けるかもしれないが、風景を風景として愛でているのは人間だけだろう。サバンナのミーアキャットたちが、いっせいに背伸びして、風景を眺めているようにも見えるが、彼らは体を日に向けて温めたり、外敵を監視しているだけのようであり、けっしてサバンナに沈む夕日を愛でているとは考えにくい。

  僕がここで暮らし始めた動機の一つは、このような風景に出会うためだったのかもしれない。青春を少し過ぎ、銀座7丁目のゼネコンに勤めていたころ、仕事の行き帰りのビルの谷間で、アフター5のネオンの谷間で、空を見上げて頭をよぎったものがある。

  「この谷間は、僕が作るこの街は、僕が暮らしたい街なのか、僕が見ていたい風景がここにあるのか」と。

  時はちょうど、高度経済成長の頂点、バブルの真っ盛りのころだった。江戸の街並みが札束でなぎ倒され、路地が消え木立が切倒され、大手企業のオフィスや億ションの超高層に変わっていった。その近代的にデザインされたコンクリートと鉄とガラスで出来た景観・風景は、僕の心の奥底に響いてこなかった。

  僕の風景は、自分で探し、作るしかない。今、小さいながら自分の土地を耕し、デザインし、石を置き、草木を植えて野菜やハーブを育て、隣の牧草地や山並みを借景として暮らしている。ここには僕の風景がある。

  (丸山暁建築・空間工房、大迫・外川目在住)

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